SNS時代の「ネクザ」が失った、昭和のヤクザ「ヤバさ」の本質

ギリギリの生命力が爆発していた時代
鈴木 智彦 プロフィール

最大の抗争「仁義なき戦い」の真相

昭和のヤクザ抗争の中でもこの上なく大規模なものといえば広島抗争であろう。

映画『仁義なき戦い』シリーズのモデルとなり、この映画は公開から半世紀近く経ったいまでもまだ、新たなファンを生み出し続けている。

実際の抗争は映画以上に凄惨である。

死者37名、重軽傷者66名を数え、25年という長期間に及ぶ広島抗争は県全土を巻き込んだ広域的、かつ重層的な抗争なのだ。戦後秩序が崩壊した日本列島には全国各地でアウトロー社会の再編が行われヤクザ抗争が勃発したとはいえ、これほど大規模なヤクザ抗争は他に例がない。

ヤクザは伝統的に国家権力に対して弱腰である。

だが国家の情勢に傍観者を決め込み、たとえば暴対法のような毒杯さえも自ら飲み干してしまうのは、決してヤクザが弱腰だからではなく、体制や権力が結局のところヤクザに対して利益をもたらしてくれる存在だからである。

 

ヤクザは反社会的な集団ではあるが、常に支配者層から利益を得て生息してきた。

だが、敗戦という特殊な時代は、ヤクザが権力から独立して存在するという極めて例外的な状況を生み出した。そればかりか、無力な国家はこともあろうにヤクザの力を頼った。

発生以来初めて、ヤクザは一瞬ではあっても、権力との歴史的な相互扶助の上位に自分を置くことができたのである。

だからこの時代のヤクザは、権力のために暴力と仁義のダブルスタンダードを使い分けることもないし、白々しい任侠の仮面も被ろうとはしない。暴力は剥き出しで、欲望は赤裸々だ。

だが、丸裸になった人間性ゆえに、昭和の時代のヤクザには比類なき壮絶なドラマが生まれたのである。