SNS時代の「ネクザ」が失った、昭和のヤクザ「ヤバさ」の本質

ギリギリの生命力が爆発していた時代
鈴木 智彦 プロフィール

戦後闇社会の革命児・安藤昇

戦後の混乱期、ヤクザ社会に革命を起こした安藤昇は生前、筆者にこう語っていた。

「ものがないから、不自由だから、楽しかったということだってある。なんでも手に入るような満ち足りた生活をしていたら、どんなごちそうを食っても、いい女とやっても嬉しくないだろ。

なにもない状況が幸せを生む。今の若い奴らは理解できないかもしれないが、逆にかわいそうに見えることもある。

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そのうえ親たちは、子供を厳重に守り、欲しがるものをなんでも買い与える。俺みたいに子供をまったく放っておくものどうかとは思うが、幼稚園のときから何でも親が掛かりきりで、勉強しろ、いい子でいろと言い続け、まともに育つわけがない。

だいたい、いい学校に入って、いい会社に入ったからといって、素晴らしい人生というわけじゃない。挙げ句にリストラされてしまえば、そんな過保護な中で育った人間はどうすることもできない。頭を押さえつけて、他人を動かすなんて馬鹿げている。たとえ自分の子供でもね。

安藤組には規制はなかった。そんなの当たり前のことだ。来たいヤツは来ればいいし、嫌なら去っていけばいい。ただ、嘘をつかず、歯から先に出た言葉には責任を持つ。それでずっと通してみな。花咲くことがきっとあるから。

だが人生を嘘で塗り固めていると、やっぱり駄目なんだ。不思議なもんだよ。そして、絶対に仲間は裏切らない。友達が泥棒だろうと、人殺しだろうと、大臣だろうと関係ない。裏切らなければいい友達だし、裏切る人間はどんな立場にいる人間だって最低だ。

でも女には別だぜ(笑)。嘘をつくなっていうのは、男の世界の話。女とは、騙し騙されのゲームを楽しんで、男同士の約束は守る。それで楽しい人生になるんじゃないか」

 

周知のとおり、安藤は引退して俳優に転身する。そして、ある裏社会の人間が引退した安藤の前で少々不遜な態度を示したとき、安藤は「俺は男を捨てたわけじゃねぇ」と一喝した。

男は男らしく、女は女らしく生きる。そのことにヤクザと堅気という差異はもちろん、職業も、立場も、年齢も関係などない。

一触即発の方程式を生き抜いた安藤の人生は単純な定理に貫かれている。だが単純なものこそ極限状態では強い。人生も生活もシステムも、複雑にすればするほど脆いのだ。

安藤昇がこれからも長く語り継がれるとすれば、それは彼のロジックが誰にでも当てはまるシンプルで普遍的なものだからである。