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「鬼子」の歌をうたうまで〜クラシック音楽で読む日本近現代100年

なぜ日本の作曲家は軽視されてきたのか

日本のクラシック音楽マニアへの道

ヴァイオリンを幼稚園の頃から習った。しかし大の不器用。楽器には不向き。まったく上達せず。嫌いにならない方がおかしい。

それなのに6、7年も我慢して習っていた。ストレスが溜まる。どう解消したか。耳より目で済むもの。自ら行為せずに観察するだけで終わるもの。不器用を気にせずに済むもの。映画だ。音楽は嫌い、映画が好き。そのつもりで生きていた。

観るのがよいというのなら、絵画でも構わなかった気もする。でも違った。なぜだろう? 静かで動かないものはあまり好きではなかった。映画は動く。音がある。台詞がある。音楽もある!

ややや。そうであったか。映画は目だけではない。耳でも楽しむ。私は映画音楽が実は大好きではないのか。それなのに音楽は嫌いと自分に言い聞かせてきた。不器用さへのコンプレックスのせいだろう。楽器の稽古を止めたとたん、はたと気付いた。

その日から自覚的な音楽の大ファンになった。映画音楽マニアの道を歩んだ。といっても、映画音楽とは音楽の質や内容を指し示す言葉ではない。映画に使われれば、ジャズもロックも歌謡曲もフュージョンも民族音楽も、みんな映画音楽になる。

しかし、映画で流れていればどんな音楽も好きというわけではなかった。洋画より日本映画にのめり込んでいた私には、映画音楽の中でも好む傾向がハッキリとあった。

伊福部昭の『ゴジラ』、早坂文雄の『七人の侍』、深井史郎の『任俠東海道』、團伊玖磨の『太平洋の翼』、芥川也寸志の『地獄変』、黛敏郎の『天地創造』、武満徹の『伊豆の踊子』、池野成の『陸軍中野学校 竜三号指令』、佐藤勝の『戦争と人間』。

テレビドラマの音楽なら、林光の『国盗り物語』や湯浅譲二の『元禄太平記』といった、NHK大河ドラマでNHK交響楽団の演奏するテーマ曲。オーケストラなど使ったクラシック風の音楽ばかり。

楽器の稽古を嫌って、音楽嫌い、クラシック嫌いでいたつもりなのに、実は習っていたクラシック音楽に幼時のうちに洗脳されていたのかもしれない。

ともかく、先に挙げた類いの、日本の作曲家の映画やテレビの音楽を、ひとつでも多く聴こうとするところから、音楽マニア道が始まった。

そして間もなく、彼らの多くが、クラシック風に映画やテレビの音楽を作るだけでなく、オペラやシンフォニーを書き、映画音楽も手がけている作曲家であると分かってきた。