縄文人の「遅さ」と「ゆるやかさ」で、現代が生きやすくなる

限界まで頑張らず、他人と競わない生き方
瀬川 拓郎 プロフィール

「遅さ」がもたらす生きやすさとは

そうすると、自殺の可能性を高めるとされたA町の勤勉さ、克己心、忍耐強さは、「非縄文的」な気風ということになるかもしれません。

では、縄文の思想とは怠惰の思想だったのでしょうか。

社会の発展法則が信じられていた半世紀前、たしかに縄文人はそのように評価されていました。縄文文化が1万数千年も「停滞」した事実は、劣等や後進の証しとみなされていたのです。

しかし今では、さまざまな巨大土木遺産を残した縄文人を、怠惰と考える研究者はいません。一方で、呪術や祭りに時間を費やし、どうみても生産力の向上や効率さとは無縁な縄文人が、勤勉さ、克己心、忍耐強さを称揚していたとも考えられません。はたしてどちらが本当の姿なのでしょうか。

 

縄文文化が1万年も「持続」したのは、ゆきすぎた勤勉さ、克己心、忍耐強さを危険因子、つまり生きづらさや社会のいびつさをもたらすものとみなし、それを「野暮」な生き方として避けていたからではないか、と私にはおもわれます。

たとえば、同じく劣等や後進とみなされている南イタリアには、終わりなき議論や多様性の尊重、自由でゆるやかなつながりといった、縄文の思想と共通する気風があります。それは地中海という海辺の思想であり、「海の原理主義」です(カッサーノ『南の思想』講談社選書メチエ)。

そこでは競争に支配されない「遅さ」が礼賛されます。それこそが劣等や後進とみなされるゆえんですが、これはゆきすぎた勤勉さ、克己心、忍耐強さがもたらす物質的・精神的な限界やいきづまりを避ける生き方であり、生き心地のよさをもたらすテクネにほかなりません。

この「遅さ」という点で注目されるのは、周縁の人びとの話しあいの方法です。

第2次大戦後まもなく民俗学者の宮本常一は、対馬北部のクジラ漁で有名な漁村で、村の古い記録を筆写させてほしいと申し入れます。すると村人が寄り集まり、各人が本筋とは関係のない話を繰り返しながら、数日がかりでようやく貸してもよいといった、といいます。

こののんびりした話しあいは、「連歌の座のようにめいめいが連想の輪をひろげ、その場の主題にことよせて思いついた話題をつぎつぎに提供し、語りあう。

そして人々の心がひとつのものに融けあいはじめた潮時をみはからい、長老たちが村の先例やむかしの体験を語り、それにことよせて最終の決断がなされる」ものです(高取正男『日本的思考の原型』講談社現代新書)。

私たちには理解しがたいこの「遅さ」は、人びとのなかに「共感」を生みだし、孤立や排除を避けるためのテクネです。

縄文の思想は、時間をかけて人生や他者との関係を生きようとする「遅さ」の思想であり、そこには社会と自分が生きやすくあるための周到な知恵が詰まっていたようです。さらにいえば、それは知恵というより、社会的動物としての人類にもともと備わっている、理性以前の人類の本性なのかもしれません。