高橋朱里が『PRODUCE 48』で痛感した「日本と韓国の違い」

最終回の心境、そして将来について
松谷 創一郎 プロフィール

──韓国と日本と練習生で、どのような違いを感じましたか?

「私はこれができるから、これやる」っていう考え方が韓国で、「みんなは何ができる? どうやってみんなでやる?」っていう考え方が日本。その違いだと思います。

韓国の練習生によく言われたのは、「なんで自信ないの? おかしい」ってことです。こっちは、自信がないのがデフォルトで。

最初の頃は、韓国の練習生のそういう姿勢に思いやりがないように感じたり、怖いなって思ったりしていたけど、そうじゃなかったんですよね。

自信を持つことによってどれだけステージで輝くかをわかってから、そういう考え方が尊敬でしかなくなりました。自分もできることを見つけないとなって、頑張りました。

だから、最初の頃はみんな「どうしよう……」って感じだったんですけど、だんだん「私はこれができる」って言えるようになっていきました。

私も歌をやりたいってずっと言ってたし、セクシーや可愛いコンセプトだと、みんなより輝けますってアピールしていました。

「自分を認めよう」って思えた

そして8月31日、デビューメンバーの12人が決まる最終回が生放送された。IZ*ONEというグループ名が発表されたのもこのときだ。高橋朱里は最終的に16位となり、デビューを逃した。

振り返ってみれば、高橋は結局いちどもデビュー圏内に入ることはなかったが、最後の20人にまで残った。ほかの参加者の順位が大きく上下するなか、10位台後半に常に位置していた。番組で突出して注目されることはなかったが、安定的に存在感を発揮していた印象だ。

 

──8月31日、あの日はどういう気持ちで臨んだのでしょう。

「デビューしてやるぞ!」って気持ちです。あそこに立てると思っていなかったけど、自分が諦めずに食らいついてきてここまで来れた感動はありました。だから、最後のミッションになってからは辛いことはなくて、全部が愛しく感じました。

結果は16位で悔しかったけど、やっぱりファンの人たちはすごく応援してくれてたし、ほかの練習生たちがいっしょにデビューしたかったって泣いてくれて。あの仲間ができたことがなによりも財産です。

このときはもう自分にも自信があって、初めて自分のことをちょっと認めることができたんです。何度も行き来して、死ぬほど練習してきたので、誰かが認めてくれなくてもいいやって思っていました。「自分は自分を認めよう」って思えたときでした。達成感がありましたね。

もちろん、悔しかったのもたしかです。めちゃくちゃ泣きました。それからもずっと仕事があって、1週間後には公演も始まったんですけど、あの体感したものが常に忘れられなかったです。もう立ち直れなくて大変でした。

──そうとう得たものもあったんじゃないですか。とくにダンスは、AKB48とは違ったものでした。

そうですね、レベルが違ってすごく大変でした。とくに腰の使い方が日本と韓国では違います。韓国ではセクシーさが絶対にないといけない。リズムのとり方がアイドルというよりダンサーなんです。見せ方も含めてセンスがないとできないんです。

──今後、AKB48にその経験や能力を持ち込まないのでしょうか?

そのつもりで私はやってます。だけど、全体のシステムを変えることは難しいと思うし、それを強要するのはファンのひとに対しても違うと思うんです。

AKB48のやり方で戦っていく方法もあれば、韓国で学んできたことでステージに立つこともできる、という感覚でいまはやっています。

今後は……どうなるんですかね? 私は、ステージには立っていたい。けど、自分のやりたいこともやりたいです。

でも、まだ諦めてないです。また韓国のステージに立ちたいから。