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「人間社会の苦難から自由になる方法」を教えてくれる10冊の本

作家・飯嶋和一が選んだ

ソローの哲学に感化され

私のベスト1は『森の生活』です。作者のソローは、アメリカのマサチューセッツ州にある、ウォールデン湖のほとりの小屋で自給自足の生活を送った経験があります。

森での生活は2年間に及び、この本にはその体験、およびそこから導き出した「人生の知恵」が綴られています。ソローは当時、アメリカのメキシコに対する侵略戦争や、奴隷制度の維持に反発していました。

また、現代社会は組織における個人同士の調和に大きな比重が置かれていますが、本作が書かれた150年前もそれは同じでした。森の生活は、退廃を見せ、同調を強いる社会と決別して、人が個人として生きられるかどうかという実験だったのです。

そして、ソローは作品を通じて、個々人は違うのだから、みんなが同じリズムであることを強要すべきではない、と社会に訴えた。世の中の価値観が個人と一致するとは限りませんし、私も自分が本当に納得できる道を歩みたいと、強く感じるようになりました。

夜明け前』は明治維新期における、ある地主の動静を描いた作品です。

明治維新には「日本の発展における大きな一歩」といった正のイメージがありますが、この小説にあるのは維新による良い変化ではなく、むしろ悪くなったという主張です。

 

主人公の半蔵は維新に対して、下層の人たちを救済してくれる社会を期待していたのですが、待っていたのはこれまでと形を変えた搾取に過ぎませんでした。そして彼は、誠実さゆえに世相に適応できず、次第に精神を蝕まれていく。

半蔵は作者のお父さんがモデルと言われており、それだけにリアリティは凄いです。

物語の細部まで目がしっかりと行き届いていて、ちょっとしたところに出てくる食べものや、何気ない会話にもそれぞれ趣向が感じられます。文庫本で4冊に及ぶ大長編を格調高く描き切っていることには、ただ驚きしかありません。

敗戦直後の星の観察日記

星三百六十五夜』は、太平洋戦争の敗戦後1年間における、星の観察記録です。その頃の日本は、ほぼ廃墟のような状態でした。でも、そんなときでも、空に見える星の姿は変わりません。

星に対する作者の語りから、どん底のような中でも、人々が日々を誠実に生きていたこと、星に美しさを見出す感性は失われていなかったことを、改めて実感することができました。それは単なる星の観察に留まらない、本作特有の魅力です。

人間の絆』はイギリスの長編小説で、タイトルは直訳です。タイトルだけを見ると、人間同士のつながりの大切さを想起させますが、内容は人間社会から受けたさまざまな苦難と、そこからの脱出といったものになっています。

結論としては、「人生に意味はない」ということ。ただ、それは空虚な感情ではなくて、世界への対処の仕方がわかったという、前向きな意味です。人生に意味はないと悟ることで、本当の自由を得たというこの本の教えに、私自身もまた救われました。

ゲンダーヌ』は自伝であるとともに、日本の少数民族への差別の記録でもあります。作者のダーヒンニェニ・ゲンダーヌさんは樺太(現サハリン)のウィルタという北方少数民族の方で、民族の文化の伝え手でした。

今は閉鎖されていますが、網走の北方少数民族資料館で館長を務められていました。私はゲンダーヌさんがご存命の頃、彼に会いに行って、家に泊めてもらったことがあります。当時は新人賞をとったばかりでしたが、時間だけはあるのに、書く気を失っていて、半ば自暴自棄の状態でした。

資料館での会話の中で、何もかもが嫌になった、とポロッと言ったら、革でできた、複雑な模様のある財布を渡してくれて。ウィルタの女は暇があるから、こういうものが作れる、時間をかければいいと、私に語ってくれました。こちらが何を求めているのかが直感でわかるような、不思議な感覚を持った人でした。

本の内容は、作者が日本人から受けた、差別の辛い歴史です。しかし、私に会ったときのゲンダーヌさんは、そうした話はしませんでした。

今から考えると、自分が苦しみを受け続けてきたからこそ、他人へのいたわりの感情が、自然と備わっていたのかもしれません。読むたびに、彼のことを懐かしく思い出します。

読書においては、違うものの見方があると知ることが救いになります。一見正しいと思われているものでも、そうとは限らない。

既定の考えにとらわれずに、自由に考えていいのだと。私が小説を書く上でも、念頭に置いている考えですね。(取材・文/若林良)

▼最近読んだ一冊

「江戸時代、キリスト教への禁教令が出された時期のキリシタンの実像に迫ります。辛い弾圧の記録を辿ると、時折外国人神父と、日本人信徒とのつながりを確かに感じられる瞬間がある。その至福の瞬間が感動的です」