『PRODUCE 48』最終回でデビューを逃した高橋朱里がいま思うこと

「7年間なにしてたの?」と言われて…
松谷 創一郎 プロフィール

──こうした練習のときも、日本にはときどき仕事で帰っていたんですよね?

私はそうでした。長くても韓国にい続けたのは1週間くらい。握手会に帰ってきて、また4日間行って、またこっちでイベントや歌番組があって、また韓国に、って感じで。

移動はきつかったです。もう疲れすぎてて、飛行機ではいつも爆睡していました。体感10分ぐらいの移動でした。

撮影している練習所も、スタッフは敷地に入れず入口まででした。

 

──芸能人という立場も剥奪されて、あくまでも一練習生扱いなんですね。

そうです。さらに後半に近づくにつれて通訳の方もいないまま進んでいました。でも、後半はもう言葉がわかっていて、「あー、すごい! 私、韓国語がわかる!」って感動しました。眠いながら(笑)。

韓国語は、本を2冊持っていきましたが、最初の宿舎くらいで後はほとんど使わなかったですね。メモ帳だけ持って、あとはもう聞いて覚える。2ヵ月くらいでだいたいわかるようになりました。読むこともだいたいできます。

土壇場には慣れていた

グループ評価が終わり、96人いた練習生は57人に減った。ここから始まったのはポジションバトルだ。30人がヴォーカル&ラップ、27人がダンスに挑み、そのなかから27人が放出される。

高橋朱里はヴォーカル&ラップを選択し、宮脇咲良(HKT48)などとともにBLACKPINKの「DDU-DU DDU-DU」に挑んだ。全体で3位以内に与えられるベネフィットは得られなかったが、30人中10位と決して悪くない結果だった。

だが、そのプロセスではグループ内でメンバー同士の齟齬も見受けられた。「DDU-DU DDU-DU」のパフォーマンスのアレンジ内容について、トレーナーやスタッフから厳しい指摘が浴びせられた。

──このとき「DDU-DU DDU-DU」を選んだ理由はなんだったのでしょう。

まず自分は確実に歌だなって思っていて、知っている曲だったので選びました。自分が望むレベルのパフォーマンスをしたいけど、練習時間がないのはグループ評価でわかったんです。

だったら、知ってる曲がいい結果に繋がるなと思って。ステージでは、人生でいちばん女の子の声援を受けた瞬間でした(笑)。めちゃくちゃ嬉しかったです。

でも、そこにいたるまではかなり大変でした。韓国の練習生のふたりと、咲良と私の意見が食い違っちゃって。

ヴォーカル&ラップの評価だからやっぱりちゃんと歌いたいけど、ほかのふたりはダンスも必要だと主張して。それでダンスをトレーナーや舞台監督に見せたら、やっぱり「これは、ヴォーカル&ラップの評価だよ」って酷評されたんです。

さらに途中で、私と(宮脇)咲良が一度日本に帰らないといけなかったんです。フライトの2時間前くらいまでずっと話し合いをして、結局、ギリギリにトレーニングセンターを出て日本に向かったんですけど。

離れていた時間でお互い少し落ち着いて、韓国に戻ってからもう一回話し合いました。それでダンスをやらない方がいいと言ったら、受け入れてくれたんです。このときのコミュニケーションはとても大変でした。

その食い違いの原因は、ステージに立ったときのイメージをできるかどうかだったんだと思います。

マイクスタンドを使ったんですが、私と咲良はマイクスタンドがあっても歌ったり踊ったりできるんですが、あまりそのイメージができなかったみたいで、そのことでもすごく話し合いました。

──48グループのみなさんは、練習では苦労していたけど、本番には強かった印象はあります。

ステージに立っていて良かったな、と思った瞬間はありました。これまでもAKB48で、直前に振りを覚えて本番をやることも多かったので、土壇場には慣れていて。

たしかに最初のレベルは低かったかもしれないけど、でもけっこう練習時間もあって実になるので、本番で間違うことは一回もなかったです。

やっぱりステージの自分の姿をイメージできますから。ステージでは、まったく緊張しなかったです。それよりも緊張するのは、トレーナーに見せるときでした(笑)。