『PRODUCE 48』最終回でデビューを逃した高橋朱里がいま思うこと

「7年間なにしてたの?」と言われて…
松谷 創一郎 プロフィール

いちばん必死だったときのこと

そうして始まった『PRODUCE 48』では、いきなり過酷な光景が繰り広げられた。

参加メンバーは、全員トレーナーたちの前でダンスと歌を披露し、その実力をA~D、Fの5段階にランク分けされる。

これは、番組のMV「Pick Me」のポジションを決めるためのものだ。AKB48グループの多くは、ここで酷評された。

だが、高橋朱里はここでBランクと評価される。48グループでは、Aランクが宮脇咲良と竹内美宥、Bランクは高橋を含む4人のみだった。

そして、「Pick Me」の3日間の練習期間を経た二度目のランク分け評価では、Aランクにアップする。当初から評価は高かった。

 

──最初のランク分け審査の段階から高橋さんは高評価でした。

でも、本当に余裕はなかったです。韓国の練習生との実力の違いがすごすぎて、どうしたらいいんだろうって。トレーナーの方たちも、日本人のときは「なに、これ?」みたいな感じで。

ただ、私の番が来る前に、日本でも活動されてる(FTISLANDの)イ・ホンギさんが、他のトレーナーの方々に「このひと(日本勢)たちの良さは素直さだから、それを見てください」って話してくれたんです。

それを聞いて、「もう、やるしかないな!」と腹をくくりました。これまでAKB48でやってきたことを、全力で出すしかないって。そしたら、意外にもBになれたんです。本当に大変なのは、その後でした。

──次にもう一度ランク分けがありましたよね。Aランクにアップしました。

自撮りの映像審査です。あれは、めちゃくちゃ大変でした。

2日間ずっと「Pick Me」の歌とダンスを覚え続けたんです。韓国語の歌詞をちゃんと覚えるのも、このときが初めてでした。

しかも途中、私を含めた何人かが北原里英さんの卒業コンサート(4月14日)で新潟に行かないといけなかったんです。なので、私たちだけみんなより先に撮ったんですけど、そしたらボロボロの出来で。

そのまま泣きながら新潟に帰ったら、アン・ジュニョンプロデューサーから新潟で映像を撮っていいって連絡が来たんです。

ただし、韓国にいる子たちと同じ時間で、絶対撮り直さないというルールで。それで、新潟でも「Pick Me」の練習をして、映像を撮ったんです。

このときが、いちばん必死でした。