まだ誰も答えが出せない「フェイスブックをどうするか」という難題

大統領選とソーシャルメディアの行方
池田 純一 プロフィール

共和党については2010年頃からの、ティーパーティ議員の誕生がそれであり、民主党の場合は、昨年の#MeToo運動に後押しされた議員が、ソーシャルメディア以後の時流に後押しされた政治家といえる。

だからそんな彼らにとっては、短期間の間に安価に地元選挙区の有権者にアプローチできるソーシャルメディアは、いわば天から授かったギフトのような存在だ。

そのため、彼らからすれば、ソーシャルメディアは可能な限り自由な言論空間であってほしいと願うことだろう。それゆえ、逆にソーシャルメディアの存在そのものについて、今議論しよう、ということにはならないのではないか。

このあたりの実感の有無や程度が、ソーシャルメディアに関する社会的扱いにあたっても今後は影を落とすように思われる。

 

とはいえ、2020年を迎えてしまえば、再び、大統領選の高揚の中にマスメディアもソーシャルメディアも取り込まれてしまう。だから、冷静にメディアとしての機能を議論できるのは今年に限られる。その点で、Facebookの去就は一つの参照点であり続けるのだろう。

逆にGDPRを導入した欧州の場合は、昨年こそ導入自体の新規さがニュースとなったが、今後はその具体的影響にこそ注意すべきだろう。立法措置によって、どこまで様々な問題を未然に防ぐことができたのか、あるいはできなかったのか。

そのことが時間の経過とともに少しずつはっきりされていくことで、立法の妥当性も明らかになっていくことだろう。その結果は一つの指針としてアメリカにも影響を与えていく。

2019年現在、選挙とソーシャルメディアは切っても切れない間柄となった。そのあり方を、再び大統領選の熱狂に包まれる前にクールマインドで見渡せるのが、今年2019年であることを願いたい。ウォーレンの一早い立候補は、そのことを気づかせる鐘の音でもあったのだ。