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「義理よりカネ」の不条理に翻弄された、元組長の悲劇

中野太郎著『悲憤』によせて

まるで「ギリシャ悲劇」

山口組5代目組長の若頭補佐だった中野太郎氏。ある事件を機に組から絶縁され、やがて自らの中野会を解散、カタギになる。『悲憤』は氏からの聞き書きを、かつて界隈におられた作家宮崎学氏が物された。

'97年夏、神戸市のホテルで4人の男が発砲した。山口組若頭宅見勝氏が死に、無関係な歯科医師も死んだ。何があったのか。

田岡一雄3代目病没後の跡目争いがやっと終結。5代目体制が船出したが、組長を差し置き実権を握りたがる宅見若頭が、組長に尽くす中野氏と対立。

組長は氏に若頭殺害を命じたが、逡巡する氏を察して配下が射殺を実行した。氏は共謀を問われなかったが、氏を守るとの組長の約束は反故にされ、組から絶縁されてしまう。

 

宅見組の壮絶な復讐。かつて仕えた親分の傘下の組だからと氏は報復を禁じるが、復讐は続き、配下が次々殺される。やがて山口組による警官誤射殺害事件の使用者責任を問う民事訴訟で敗訴した組長が引退。既に脳梗塞で病床にあった中野氏も引退を決める。

渡邉芳則元五代目山口組組長と中野太郎元五代目山口組若頭補佐。互いに役割を補完し合いながら日本最大の暴力団のトップに上り詰めた二人だったが……

深く感動した。理由は3つ。

(1)涙抜きに読めない理不尽な運命が描かれる。(2)その運命が過去30年の社会の劣化に結びつけられる。(3)中野太郎氏の男前さに打たれる。筋を通した人生が報われない事を嘆かない清々しさと、自分についてきた者たちを気遣う情けの深さ。

組長を守って組長に絶縁される不条理。想像を絶する。しかし中野氏は、バブル経済による界隈の変質が、殺害相手の宅見氏と組長の変貌として現れたと冷静に語る。「義理よりカネ」の流れだ。

そこに更に不条理が加わる。宅見射殺事件を機に組長の使用者責任が厳格に追及されはじめ、シノギが難しくなった界隈がますます「義理よりカネ」になった。誰より義理堅い男が義理ゆえになしたことが却って「義理よりカネ」を加速させた。

ギリシャ悲劇のようだ。

中野氏が繰り返す通り、ヤクザ集団は差別された者の相互扶助に由来する。表共同体から外れた者の裏共同体。だが表に続いて裏も駄目になる。

社会はどこも同じ色に染まる他ないのか。つらすぎる。

『週刊現代』2018年12月29日号より