『キム・ジヨン』を読んだ女子が抱く、共感・苦しさ・羨ましさの正体

韓国女性は「声を上げる」を知っている
西森 路代 プロフィール

筆者も事件のあった2016年5月にこのニュースを、Twitterなどを通じてリアルタイムで見ていた。そのときに抱いたのは「韓国でもこうした事件が起こるのか」という驚きだった。

アメリカでは「インセル(日本で言う「非モテ」に近い言葉)」と呼ばれる人々が起こす事件が散見される。競争社会でうまく立ち回れないことを悲観した男性が、「うまくいかないオレ」という自意識に苛まれ、女性を逆恨みしたような犯罪だ。

ここで見られるのは、かつて男性が持っていた「女子供は男に従って当然」と考える「家父長制的なミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)」とは違う、「新しいミソジニー」と言えるかもしれない。

しかし韓国では、こうした「非モテ」的な自意識を抱く男性が少なく、「新しいミソジニー」的なものからは距離があるように思っていたのだった。

その点については以前、韓国の研究者、ハン・トンヒョン氏と対談をしたことがある。結論だけ言えば、韓国では近代化が一気に進んだために、社会の停滞などによって生じた不都合を、先述のような「自意識」の問題に帰着させる傾向が薄いのではないかという話である。実際、韓国のポピュラーカルチャーを見ていても、そういった描写はほとんど見られなかった。

ところが、韓国でも2016年には「新しミソジニー」による犯罪が起こってしまった。

この「新しいミソジニー」は、明確な家父長制の中で発生するわけでも、権力構造であからさまに上の側に立っている中で発生するわけでもない。それゆえ、自覚しづらい「隠された内なるミソジニー」になりやすい。

その意味で、韓国での本書に対する反応は興味深い。

韓国では、女性アイドルや自分の恋人が本作を読むことに、強い拒否反応を示す男性が多かったという。韓国の男性は、本書の後半で描かれるような「新しいミソジニー」を指摘されることに慣れていないように思う。それゆえ、痛いところを突かれて過剰に否定な反応をしてしまったのではないだろうか。

おとなしくするな! 元気だせ! 騒げ! 出歩け!

以上のような日韓の現状を思えば、韓国社会は一部において日本より進んでいる面もあるかもしれないが、決して未来が希望に満ちたものであるとは言えないだろう。『82年生まれ、キム・ジヨン』の結末も、決して明るい終わり方ではない。

たしかに今や、現実的な根拠もなく、「女性の未来は明るい」とポジティブに語っても、そんなおためごかしな態度は反論を呼ぶだけだ。

 

しかしそれでも、この小説の中に希望があるというならば、このミソジニーが蔓延した世の中の状況を誰にでも読めるように記したこと、そして、キム・ジヨンの母親や、キム・ジヨンの先輩、そしてキム・ジヨン自身が、自分たちの娘や後輩たちを、二度と自分と同じような女性蔑視に晒すまいとしている、その気持ちを示したことではないかと思う。

特に、キム・ジヨンが大学の卒業を目前にしてまだ就職できないで落ち込んでいたときに、彼女の父親が「おまえはこのままおとなしくうちにいて、嫁にでも行け!」と言ったところ、母親はそれに激高して「ジヨンはおとなしくするな! 元気だせ! 騒げ! 出歩け! わかった?」とまくしたてる場面には、涙が出そうになった。(98ページ)

母親であろうがなかろうが、日本に生きていようが韓国に生きていようが、女性として少しでも先輩である私たちが、下の世代の女性たちを「自分たちも苦労したのだから、同じキツさを味わえばいい」と抑圧してはいけない。

そしてもちろん、男性に、自分の中にある無自覚なミソジニーの存在を気づかせることも、本書の意義だ。

本書が持つこうした意義が、更に広く知れわたることを、筆者は願ってやまない。