『キム・ジヨン』を読んだ女子が抱く、共感・苦しさ・羨ましさの正体

韓国女性は「声を上げる」を知っている
話題となっている韓国生まれのフェミニズム小説『82年生まれ、キム・ジヨン』。理不尽な環境に置かれた韓国女性の姿が、日本の女性に重なると評されることが多い。しかし、韓国のポップカルチャーに詳しい西森路代さんは、この作品を読んで日韓の「相違」も意識させられたという。女子の教育、そして女性が声を上げることへの躊躇のなさなどをヒントに作品と韓国社会を読む。

『82年生まれ、キム・ジヨン』が、昨年12月に日本で発売されて以降、爆発的に話題となっている。

原作は韓国で出版された。同国では2016年8月に発売、電子書籍の売り上げと発行部数を合わせて100万部を超える大ヒットとなった。チョン・ユミとコン・ユという『新感染 ファイナル・エクスプレス』でも共演したトップスター2人によって映画化されることも決定している。

日本でも発売わずか1ヵ月で5刷を重ね、1月9日現在で累計発行部数は5万部だという。

本書は「フェミニズム小説」と呼んで差し支えない。1982年生まれの女性、キム・ジヨンが誕生してから今日までの人生が綴られるのだが、そこではキム・ジヨンが今に至るまでに、女性としてどれほど不当な扱いを受けてきたか、そのことによってどれほど打ちのめされてきたかが淡々とつづられる。

2015年のソウルを舞台に物語は始まる。33歳で結婚3年目、女児の母であるキム・ジヨンが突然、自身の母親や大学の先輩が憑依したかのような喋り方を始める。夫のデヒョンは妻を心配し、彼女を伴って精神科を訪れる。その精神科医が、彼女の来歴を仔細に調べ、精神状態を崩した過程(その原因には、女性が置かれた理不尽な社会的状況がある)をあきらかにしていくという構成だ。

 

男の「責任を持つ」が信用できないーー日韓の共通点

本作を読んでの感想でもっとも多いのは、「キム・ジヨンの身に降りかかったことは他人事とは思えない」「日本と韓国という違う国に生まれても、女性として生きる困難な状況には変わりがない」というものではないだろうか。つまり、「日本と韓国は共通している」という観点からの感想だ。

確かに、そう感じさせる描写は枚挙にいとまがない。たとえば、

・小学校時代の隣の席の男子がキム・ジヨンをいじめるのを見て、それは好意によるものだから仲良くしなさいという先生

・中学で制服の下に何をつけるか女子に限って細かく決まっている校則

・通学で避けることのできない性被害

・普通にしているだけなのに、同年代の男子に好意と勘違いされ、勘違いと伝えると逆切れされる

……などなど、日本の多くの女性の記憶にも必ず残っている類の経験ではないだろうか。

〔PHOTO〕iStock

特に後半、キム・ジヨンが結婚して以降の描写は、日本人女性にも刺さるであろうものが多かった。子供が生まれて以降は、日本で2016年に新語・流行語大賞にもノミネートされた「保育園落ちた日本死ね」を思い起こさせるような過酷な毎日が描かれる。

中でも私が注目したのは以下のシーンだ。キム・ジヨンが、出産をした後も仕事が続けられるかについて真剣に考え、悩んでいるとき、夫が「(出産によって)失うもののことばかり心配しないで」「僕が責任を持つから」と彼女に告げるシーン。

キム・ジヨンは「それで、あなたが失うものは何なの?」と反論するのだが、この場面を見て、最近のいくつかの日本の作品を思い出した。

たとえば、昨年、日本テレビで放送されたドラマ『獣になれない私たち』では、田中圭演じるヒロインの彼氏が、つきあうことの延長線上の結婚を考え「守る」「責任」を意識しつつも、恋人が自分の意見を率直に言うと「かわいくない」と言い放った。