腰痛は「ウォーキング」で、なぜ良くなるのか?

「心療整形外科」を始めた医師が説く・前編
谷川 浩隆 プロフィール

腰痛は「動かして治せ!」

しかし納得できないと悩んでいただけでは腰痛はよくなりません。実際に腰痛の原因は医師にもわからないのです。

ならば原因にこだわらず、いったんそこを離れてはどうでしょう。痛みの感じ方や、痛みがあるために損なわれている日常生活の質をなんとかしようと考える―――その方が治療への早道だと思いませんか。

そこで私は努めて明るく、彼女にこう提案してみたのです。

「とにかく自分の部屋から出てみましょう。そう、とりあえず歩いてみましょう。腰痛をこわがらないで大丈夫です。検査や診察では、腰を動かしたらもっと悪くなるような原因や、安静にしてなければいけない所見はまったく見当たりません。安心して、ちょっと汗ばむくらいに速足で歩いてみましょうよ」

腰痛を起こしている筋肉は、たいてい血流が悪くかたくこわばってしなやかさがなくなっています。そんな状態が続いているとヒスタミンなどの発痛物質が筋肉内にたまってきます。

しかしウォーキングをして腰の筋肉を動かすと、こわばっているからだの緊張が緩められ、同時に筋トレにもなります。さらにウォーキングで血行がよくなると、腰にたまった発痛物質が洗い流されるのです。このことを私はAさんに説明しました。

彼女は最初は半信半疑でした。でもウォーキングを2週間ほど続けているうちに腰痛がみるみるよくなってきたのです。1ヵ月過ぎたころには、「腰痛もだいぶよくなってきたのでシューカツを始めました」と、明るい表情で教えてくれたのです。

3ヵ月後には今までとは違った業種ですが営業職に就職することができ、毎日忙しくとびまわるようになりました。

「不思議ですね。ウォーキングだけで、あれだけ長い間続いていた腰痛がよくなったのですから」とAさん。

「とにかく、よくなってよかったです。しかし腰痛がよくなったのは、あなたが素直にウォーキングをしてみよう、という『気持ち』になったからなんです。つまりウォーキングで治ったのではなく、あなた自身の気持が腰痛を治したのです」

私は、そう答えました。素直にウォーキングしてみようと「気持ちを切り換えた」ことが、何よりの腰痛への治療になったということなのです。

腰痛は「動かして治せ!」。これはいまや医者の世界では常識です。もし彼女が、ウォーキングという私の提案を「そんなことしたって無駄に決まっている!」とか「医者なのにもっとちゃんとした治し方はないの?」というように受け取ったら、このようなよい結果にはなっていません。

この腰痛は、彼女自身が「気持ちを切り替える」ことによって治した、といっていいのです。

つまり腰痛は「こころの問題」でもあるのです。

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痛みの原因は「からだ」、感じるのは「こころ」

私は整形外科医として働き続けて32年になります。信州大学医学部を卒業後、整形外科医として同附属病院、癌研病院などを経て、一般病院の副院長として整形外科医療に従事した後、2013年に故郷の松本でクリニックを開業しました。

これまでに延べ数万人の腰痛や肩こり、ヒザ痛などの関節痛の患者さんを治療しています。ありとあらゆる症状を見てきたといっていいでしょう。

多くの患者さんを診療するうちに、腰痛は、腰だけを診ていても治らないのではないか? 身体の治療だけをしていても治らないのではないか? ということがわかってきました。これは肩こり、ヒザなどの関節の痛みについても同様です。

内科に通院する高血圧や糖尿病のような病気は、患者さんを苦しめる「痛み」のような症状はありません。ところが整形外科を訪れる患者さんには、かならず「痛み」という症状があります。

また高血圧や糖尿病は治療をすると血圧が下がったり血糖値がよくなったり、治療の効果は数字によってはっきり目にみえます。しかし腰痛の治療の効果は患者さんの感覚、体感、実感、主観としてしかわかりません。

たとえるなら靴を選ぶようなもの。いくら同じサイズの靴でも、この靴が本当に自分にピッタリ合っているのかどうかは、自分にしかわからない。他人にはわからないし、まして自分でも「前よりいいな」といった程度の感覚でしかわかりません。

腰痛も然りで、患者さんの体感に影響するいくつかの要素があるのです。「なんで腰痛になったのか」とか「この腰痛はいつまで続くのか」といった不安や心配、職場や家庭のストレス―――そういう「こころの動き」も、実は痛みの大きな要素なのです。そしてそのこころの動きは、従来の整形外科医の診察室ではわからない。

患者さん自身ですらわからない、ましてや言葉にできない、まさに「腰痛のブラックボックス」だったのです。