2019.01.21

これが戦争の原因か…野中広務が感じた「一色に染まる」日本人の怖さ

同調を強いられ、批判は抑圧された
菊池 正史 プロフィール

「人間らしさ」が破壊された社会

勇んで入った軍隊は、厳しい訓練と暴力が支配する世界だった。

野中が所属した第55軍は、1945年4月に本土防衛のために創設された。

徳島県小松島と高知県の物部川左岸より東の平地に配備された第155師団と、満州から配置転換となり高知平野周辺に展開していた第11師団によって構成されていた。

野中によると、満州から来た第11師団の兵隊たちは荒くれ者が多かった。

「お前らはなまっちょろい!気合を入れろ!」

「満州帰り」の古参兵たちは、そう怒鳴りながら、野中たち新兵をことあるごとに殴った。彼らは上官の言うことさえも聞かなかった。

 

軍隊内部の階層と力関係の実態は、作家・山本七平の『私の中の日本軍』でも生々しく描かれている。

日本の軍隊は、タテマエの秩序とは別の秩序が内在しており、これこそ自然発生的な土着の秩序であって、それが天皇の大権に基づく秩序を頑としてはねのけるほど強かった」(上巻・文春文庫)。

「タテマエ」ではあってはならないはずなのに、厳然と存在していたものが、暴力である。新兵がまず送り込まれる内務班の生活では、古兵による「リンチ=私的制裁」が黙認されていた。

「新兵と畳は叩けば叩くほどよくなる」と言われ、徹底的な暴行が横行した。

なぜそこまで殴るのか。作家の安岡章太郎は、自らの軍隊経験をもとに描いた小説で、次のように説明している。

軍隊では「考える」などということで余計な精力を浪費させないためにも、殴って殴りぬく」(『舌出し天使・遁走』小学館)

軍隊では、戦場において命令を条件反射的に実行する兵士が必要だった。戦場に憐れみや優しさはいらない。

「人間らしさ」を徹底的に破壊することで、兵士は優秀な兵器と化すのだ。

人間社会の関係性というものは、本来、言葉が媒介し、言葉によって形成される。

しかし軍隊では、「はじめに言葉ありき」ではなく、「言葉なし」が出発点だった。言葉を奪うことによって秩序と攻撃性を担保した。暴力はそのための必要悪なのだ。

内務班の生活は早朝の起床ラッパから始まり、雑用、食事の片づけ、演習、掃除、洗濯、身のまわりの整理整頓、銃の分解手入れ……

無益な、何度でも際限なしにくりかえされる作業が兵営生活のあらゆる細部に一から十までつきまとっており、それがすべて「訓練」という名目で正常化されている」(安岡・同前)。

一連の作業の中で失敗があれば殴られる。気に入らないと言われて殴られる。自分の失敗が連帯責任となれば仲間たちも殴られる。怒られ、恨まれ、神経をすり減らす。

そして夜の点呼の後に、一日を総括して「リンチ」を受ける。激痛に耐えながら寝たと思うと、朝の点呼となる。恐怖と緊張、極度の過労で、思考力はストップする。

もうどうにでもなれといった諦めが奇妙な相乗作用となり、まるで催眠術にかけられたように、歩けといわれれば歩き、撲れといわれれば撲り、靴の底や痰壺をなめろといわれればなめ」ると、山本は前述書の中で書いている。

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