ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』上巻(原作:原田まりる 作画:荒木宰 キャラクター原案:杉基イクラ)©️小学館

「“あなた自身”の幸せは何?」現代人に効くキルケゴールの哲学

自分が信じる真理を人生で証明しよう

自分自身にとっての幸せとは?

FBなりインスタなりを見ていると、「何らかのリーグで勝っていないといけない雰囲気」が漂っているように感じます。

各SNSでの勝者の姿と現実の自分とが乖離する中で「自分って何だろう」と悩んだり、他の人と比べた時に不甲斐なく思えてきたり、人と張り合うことに虚しさを感じてしまうという人も少なくないでしょう。

俯瞰で見た際の、わかりやすい幸せの形というものは確かに存在すると思います。高価な買い物をしたり、人が羨むような場所へ旅行に出かけたり、隙なく充実した毎日が誇示され続けているSNSを見ると、紋切り型とも言える幸せの形をなぞり、誇示することが正解なのではないか、という強迫観念にかられてくるものだと思います。

また、このような俯瞰で見た際の幸せにケチをつけようものなら「嫉妬乙」と言った具合に、敗者認定されてしまうという風潮もあります。

しかし、そんな「ありふれた幸せ」は誰しも当てはまるものではありません。まるで現在のSNSをめぐる状況に警鐘を鳴らすような形で、「自分自身の真理を追求することが何よりも大切だ」と唱えた哲学者がいます。それはキルケゴールです。

 

「ポエミー」な哲学者・キルケゴール

キルケゴールは19世紀に活躍したデンマークの哲学者です。代表作である『死に至る病』という本のタイトルを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

セーレン・キルケゴール

当時、19世紀のヨーロッパではヘーゲルという哲学者が注目を浴びていました。ヘーゲルは「弁証法でエンドレスで考えれば、いつか真理まで到達するじゃん!!」というようなことを言っており、近代哲学を完成させたとも言われる大哲学者です。

弁証法について簡単に説明すると、「お腹いっぱいご飯食べたい」というテーゼに対して「でもお腹いっぱい食べて太りたくない」というアンチテーゼがあった場合、「お腹いっぱい食べたい」けど「太りたくない」の矛盾した意見のハイブリッド・妥協点・いいとこ取り、として「じゃあいっぱい食べても太らない糖質制限食にしよう!」というアウフヘーベンを生むことです。

つまり、AとBで悩んだ場合に、その中間を行くC案をひねり出す、というのが弁証法であり、Aがテーゼ、Bがアンチテーゼ、C案がアウフヘーベンになります。

ヘーゲル哲学を糖質制限に置き換えて説明していきましょう。弁証法によって生まれたC案「糖質制限食にしよう!」ですが、さらにここにまた新しいアンチテーゼ「けど甘いものも食べたい!」が生まれます。その場合、「糖質制限食にしよう!」をテーゼ、「けど甘いものを食べたい!」をアンチテーゼとし「じゃあ糖質オフのデザート食べよう!」というアウフヘーベンが生まれます。

この弁証法をコツコツ突き詰めていくことにより、いつか絶対的な「真理」にたどり着けると言ったのがヘーゲルでした。そして、「国家とは何か」「世界精神とは何か」など、途方もなく大きな問い(形而上学的問い)を掲げ、究極の真理の探究にささげたのです。『法の哲学』『精神現象学』などの大著をたくさん書きました。

しかし、そこで「そんな抽象的な真理、自分の人生に関係なくない?自分の人生にとっての真理の方が大事じゃない?」と言ったのがキルケゴールです。キルケゴールは「ヘーゲル哲学で絶対的な真理にたどり着けたとしても、自分自身の真理とは関係ない」と、「自分自身にとっての真理」を探求した哲学者でもありました。

なんて人間らしいキルケゴール。ここまでの流れを見ると頭でっかちの大人・ヘーゲルに対し「けど、先生。……それ俺らに関係ないっしょ」とねじ伏せる、いけすかないけど話してみると割と話が分かる不良生徒が言い放ちそうなシーンが思い浮かびます。 

ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』中巻(原作:原田まりる 作画:荒木宰 キャラクター原案:杉基イクラ)©️小学館

キルケゴールは哲学者の巨人の中でも、一際キャラ立ちしている存在です。哲学者というと「事実の総体は、何が成立しているかを規定すると同時に、何が成立していないかをも規定するからである」なんて二度見してもすぐには理解しがたい文章を書きがちですが、キルケゴールは「少量のワインは私に悲哀をそそり、大量のワインは憂鬱にする」と言った文言や「一人の乙女に忠実であれ……君はそれを悔いるだろう。彼女に不実であれ……君はそれも悔いるだろう」などポエミーなツイッタラーを思わす文章も書いています。

どの言葉もキルケゴールの人生の苦悩がにじみ出ていて面白く、思わず引用したくなりますね。