AIロボットは認知症介護を救うか?ロボット「ATOM」の試み

もっとも頼れるパートナーを目指して
奥津 圭介 プロフィール

「一見、無駄な会話」が喜ばれる

この企画書(写真)は、モノクロのテレビ放映が終わって5年後の1971年に作られたものである。当時のアニメ界は「巨人の星」や「あしたのジョー」など、いわゆる「スポ根」モノの全盛期だった。

手手塚治虫氏直筆の『鉄腕アトム』企画書

「そんななかで手塚は、またSFブームが巡回すると考えて、1時間モノの『鉄腕アトム』のアニメを作りませんか、という企画書を起こしました。この中で面白いのが『鉄腕アトム』の作品性の変質です。60年代のモノクロ版は『10万馬力のスーパーヒーロー』『正義の味方』としてのアトム、ある意味、正統派のヒューマニズムを標榜したアトムでした。

ただ、70年代に入ってアポロ11号の生還があり、70年安保、学生運動からの『しらけブーム』、核家族化と人と人との断絶などが表面化していく世相を受けて、そんなユートピア的なヒューマニズムは受け入れられないのではないか、と続けているんです」(清水氏)。

手塚プロダクション取締役の清水義裕氏

いわば「アトムに込めたヒューマニズムへの思いを、切り替えたほうがいい」という企画書だ。この思いはのちに放映される、1980年のカラー版アニメに反映されていく。

「アトムの性格、性質は社会に合わせて変化し、過去のアトムを引きずる必要はない。アトムは常に〝現代っ子″でいいんです、というのが手塚の考え方でした。ただ、そんななかでも外見に関してはこだわりがあり、この企画書の中でも『変える必要がない』と言い切っています」(清水氏)

 

そんな側面から見ると、コミュニケーション・ロボットATOMは「現代におけるアトム」としての意味合いを持っていると考えることができる、と清水氏は続ける。

「もちろん手塚が生み出した「鉄腕アトム」とは、比較はできません(笑)。でも、かわいらしい外見で、会話のときにちょっと素っ頓狂なことを言ってしまうような、人間っぽさというか〝愛嬌″もある。機能だけを求めるなら、おそらく今はAIスピーカーで事足りるんです。でも、外見の可愛さとか、たどたどしい歩き方とか、どこか日本人の感性に訴えるものがありますよね。どこかのアイドルではないけれど、『不完全なものを愛でる』という行為も、日本人っぽいでしょう?」(清水氏)

たしかに、デイサービスでの利用の際も、クイズや歌、踊り以上に、日常会話での少しチグハグな、すっとぼけたやり取りのときに、もっとも盛り上がっていた。機械としては「欠点」にしかならない無駄な部分が、いわゆる「機能」以上に喜ばれているのは、ATOMユーザーの反応を見ていても明らかだ。

「将棋やチェスにしても、AIが人間に勝ってしまうと、ちょっと複雑な気分になったりしますよね(笑)。圧倒的な強さもいいですが、むしろ町の碁会所でおじいちゃん、おばあちゃんが囲碁を打っているような感覚。特に介護の現場では、ロボットの中にもそういう『人間らしさ』を求めている部分があって、それが手塚の描いた『ロボットは人間の友だち』という世界観に、通じているのだと思います」(清水氏)

 「認知症患者のもっとも頼れるパートナー」として、認知症ケアのためのデバイス機能を身につけたうえで、今の不完全な〝人間っぽさ″〝愛嬌″も失わない。認知症介護の現場で真に求められているのは、そんなコミュニケーション・ロボットなのかもしれない。

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