そして「生命2.0」への道(中編)~コップも椅子も生命になる

生命1.0への道 第17回
藤崎 慎吾 プロフィール

「ケイ素生物」が誕生する日は近い?

さて、原始地球に生命のベータバージョンがいた可能性について、豊田さんはどう考えているだろうか。

「それは私はイエスですね。私が考えてきている『生命らしい』ものが、こうして実験レベルでつくりあげられてきている。半分はもちろんデザインしているんですけど、もう半分はデザインしていないような状況でも、こうして誕生してくるんですね。なので太古の地球にあったまったくの自然環境で、現れないだろうというふうには思えない。感覚的にですが、ある機能を満たしながら生命にはなり切れなかった存在も、あっただろうと私は考えています」

「ただ、どこかで『1.0』にブレイクしていかなければいけない。その条件は何かを考えていくときに、1つには物理化学の法則から調べていく方法と、もう1つは今日、お見せしたような装置を使って網羅的にいろいろと試していく方法があるでしょう。後者だとデザインをするというよりは、実験をしていく中で探し続けていくイメージですね。そうした探索の中で『生命0.5』といったようなものが、どんどん見つかってくるんじゃないかと思っています」

ちなみに今、豊田さんたちがつくっている人工細胞は「生命0.5」と言えるのだろうか。

「そこまで達していないですね。こればっかりは、まだまだ。今は、ほどほどのデザインで分裂する仕組みをつくっている研究段階で、外から物質を取りこませて増殖させるという、すごくシンプルな形でやっています」

やはり生命は、自ら必要な物質をつくりだせなければダメだということか。ちゃんと代謝をして動きまわり、増殖して、子孫に履歴を残さなければならない。「生命0.5」といえども、そうした能力の片鱗くらいは持っているべきだ。となれば、やはり油だけではなく、タンパク質や核酸も必要になってくるのではないだろうか。

豊田さんは「生命起源にも迫れるような、物質がいかに生命らしくなっていくかという進化の過程を考えるときには、いきなり正解のタンパク質ではなくて、もっと小さい分子のうまくやりこなしている姿を追いたい」とも言う。

第1回で触れたが、化学進化説の祖ともいうべきアレクサンドル・オパーリン(1894~1980)は、「コアセルベート」というタンパク質の液滴(注2)で、豊田さんと似たような実験をしていた。それはそれで成長したり分裂したりもする。しかしタンパク質は非常に複雑な高分子だ。多少とも生命(らしきもの)が関わることなく、いきなり地球上に誕生した可能性は低い。

注2)オパーリンが最初に注目したコアセルベートは、アラビアゴム(一種の多糖類)とゼラチン(タンパク質)の溶液からできる。

比較的、小さな分子でできた単純な油滴から始まって、それが物理化学的な反応で動いたり、分裂したり、履歴を残したりしているうちに、複雑な液晶滴やベシクルになっていった。そしてペプチドや、核酸の部品であるヌクレオチドなどが現れたとき、それらが「ボディ」となる液晶滴やベシクルなどに取りこまれて、動いたり、分裂したり、履歴を残したりといった機能を、より洗練された形で肩代わりしていったのではないか──豊田さんは、そんなふうに想定しているようだ。

では「生命2.0」と言われたら、豊田さんは何をイメージするだろうか。

「私は、ある意味でまだ妄想レベルですけれども、ケイ素(シリコン)を主体とする生命は誕生しうると思っています。今は炭素中心の化学進化を語ることが多いですけど、適切なエネルギー環境と、ケイ素を母骨格とするさまざまな化合物が誕生すれば、ケイ素が中心の化学進化は起こりえます」

「そのケイ素生命体にはケイ素と酸素が必要だと私は考えていますが、いずれ何らかの特徴をもった高分子が情報になり、またケイ素を主鎖(骨格)とするタンパク質のような分子の構造体ができて、それがケイ素化合物の化学反応の触媒となり、かつケイ素を主体とする分子が袋をつくるというようなことが起きれば、それは今のこの地球の『生命の1.0』ではない別の生命体になりうると思っています」

前回、DNAの骨格となっているリンをヒ素に置き換えることが、理論上は可能だという話をした。なぜならリンとヒ素は元素の周期表で見ると同じ第15族で、化学的な性質が似ているからだ。

炭素とケイ素も、やはり周期表では同じ第14族で上下に並んでおり、化学的な性質が近い。したがって炭素を主体とするタンパク質や核酸、脂質といった生体分子が、ケイ素を主体とする生体分子に置き換わった生命も、理論的には存在しうる。

SF小説では半世紀以上前から、これをネタにしたさまざまなケイ素生物が登場してきた。たいていは硬い岩石のような体で、のろのろと動くか、あるいは植物のようにほとんど動かない。ただ、それは地球のような環境をイメージするからだ。豊田さんによれば、ケイ素を主体とする分子(の集まった粒)が液体中に分散でき、なおかつ、その分子が安定化したり、増殖したりできる星であれば、それこそシリコン樹脂(シリコンゴム)のように柔らかくて、普通に動きまわるケイ素生物がいてもいいらしい。

地球の水中でも、適切な分子(たとえばある種の界面活性剤)と共存すれば、ケイ素主体の分子が粒状に集まった状態で分散しうる。ただ地上にあるエネルギー(太陽光エネルギーや、雷放電などの電気エネルギー)あるいは温度、水、その他の分子などによって、ケイ素主体の分子が不安定化したり、増殖反応が妨げられたりしているかもしれないと、豊田さんは考えている。硬いケイ酸質の殻(一種のガラス)をもつケイ藻(写真7)などを除けば、地球上にケイ素を利用している生物が(今のところ)見当たらないのは、そのためかもしれない。

【写真】ケイ藻の顕微鏡写真
  写真7 さまざまな形の殻をもつケイ藻の顕微鏡写真。殻の中身(本体)はアメーバのような単細胞生物で、もちろん炭素主体の生体物質からできている

豊田さんの研究室では、ケイ素と酸素の化合物からなる流動体の研究も行われている。それは今のところシリコン樹脂のような素材の開発が主目的なのだが、「もう少しそういう話が発展してきたら、いずれケイ素系の細胞もどきをつくっていくということも、今後のターゲットかなと思っています」と語っていた。もし実際につくられたら、愛称はぜひ「シリコニー」(注3)にしていただきたい。

注3)アメリカのSF作家、アイザック・アシモフの短編『もの言う石』に登場するケイ素生物の名前。フィクションに出てくるケイ素生物としては、おそらく最も古くて有名だ。

★最終回に続く(2月3日ころ更新予定)