液晶でできた線虫や蠕虫が這いまわる
このように化学反応の組み合わせによって、豊田さんは自身が考える「生命らしさ」のうち「動き」と「増殖」を再現することができた。もう1つは「履歴」である。
アメーバっぽい油滴でも、子供の油滴は同じように動きまわって分裂するから、性質を受け継いでいると言えなくもない。ただ、いかんせん動きがシンプル過ぎて、個性みたいなものはまったく見当たらない。単に物理化学的な現象が繰り返されているだけと言われたら、それまでだ。
そこで豊田さんは普通の油滴ではなく「液晶滴」を使ってみることにした。液晶というとテレビやスマホの画面を思いだしてしまうが、あれは専門的には「サーモトロピック液晶」と呼ばれている。しかし、もう1つ「リオトロピック液晶」と呼ばれるものがあって、実はベシクルもその1つだ。
油滴にしろベシクルにしろ、溶液中にある油の粒にはちがいないのだが、前者では中身の分子がバラバラの状態になっている。一方でベシクルはご存知の通り脂質二重膜あるいは多重膜という形で、向きのそろった分子が整然と並んでいる。こういう状態が液晶なのだ。
ベシクルの場合、膜以外の中身は水などの液体だが、整然と並んだ油脂の分子が中心までギチギチに詰まっていると、それは「液晶滴」と呼ばれる。実際、偏光顕微鏡で見れば虹色に光って、いわゆる水晶のような結晶を彷彿とさせられる(写真5)。だが固体でも液体でもない中間的な物質だ。

たとえば、ある特殊な油脂は水に分散させるだけで、にょろにょろと動く紐状の集合体をつくる。この紐が液晶なのである。まだ公開はできない映像を研究室で見せてもらったのだが、それは身をくねらせながら這っていく線虫にそっくりだった。界面活性剤による刺激で動くところは油滴の場合と同じだが、泳ぐメカニズムはもう少し複雑ではないかという。
また、勝手にできる液晶滴ではなく、人工的に力を加えてつくった液晶滴だと、界面活性剤を入れなくても動きまわる。輪ゴムを何度もひねってから机の上に置くと、飛び跳ねながらほどけていくが、原理的にはそれと同じだ。つくられたときの歪みが解消されるときの力で、ミミズやヒルみたいにガラス板の上を這っていく(動画5)。
このように油滴では単純な動きだったのが、中身の分子を整然と並べるだけで複雑な運動が出やすくなる。相変わらずただの油で、タンパク質も核酸も加えていないのだが、ずっと生き物っぽい。これなら最初の長さや形のちがいなどで個性も出てきそうだ。
豊田さんは現在、アメーバっぽい油滴のときと同じように、この動く液晶滴に餌を与えて太らせ、分裂させようと試みている。
また、油滴や液晶滴に加えて、ベシクルについても同じように生命らしい振る舞いをさせようとしている。車さんが試みているように内部で脂質をつくらせるのではなく、外から供給する形ではあるが、すでに分裂させることには成功している。次の段階では変形させたり、泳がせたり、履歴を持たせたりする実験を行うつもりだ。そのために特別な装置も開発している。いずれは、その中で進化も再現したいと豊田さんらは目論んでいる(写真6)。
