大炎上したローラ「辺野古工事中止呼び掛け」をどう考えればよいか

セレブのポピュリズムについて
綿野 恵太 プロフィール

さて、リルティによる「著名性(セレブリテ)」の定義はその現代バージョンである芸能界にも当てはまる。芸能界は「誰でも有名になれるがゆえに本質的に民主主義的」なのだ。

ニュース番組がバラエティ化し、ワイドショーばかりになったという批判がある。芸能人がコメンテーターとなるのもこのバラエティ化のひとつとされる。

しかし、「著名性(セレブリテ)」の観点からみれば、政治と芸能は移ろいやすい「公衆」を相手にしているという意味で同じなのだ。

そして、芸能人の政治性、そしてTV番組の政治性も、日本国民の政治性を反映したほうが人気は出やすいだろう。選挙の投票率をみればわかるように、「最大多数派」は政治に無関心な人々であり、次に多いのは安倍政権を支持する人々である。

この「著名性」のあり方が、芸能人以外にも及ぶのもいうまでもない。たとえば、たいへん残念なことだが、元日の「朝まで生テレビ」で社会学者の古市憲寿が「全国民から見て沖縄はプライオリティが高いわけじゃない」と発言したのも、日本人の多数派の意見を反映してのことだろう。

 

ローラとローラを批判する芸能人の違い

もちろん、芸能人の人気は一国だけにとどまらない。ローラのように、アメリカに活動拠点に移し、Instagramも英語で投稿して、国際的な「セレブ」を目指せば、その政治的な主張も変化する。ローラの相手は日本の公衆ではない。グローバルな公衆なのだ。

アメリカの中間選挙を控えた昨年11月、歌手のテイラー・スウィフトが民主党の支持を表明したことが日本でもニュースとなった。スウィフトがこれまで政治的な発言をしなかった理由として、南部の保守的な白人層に人気があるカントリーミュージック出身だったことがあげられる。

しかし、世界的な歌手としてグローバルなファンを持つ存在になったスフィフトにとって、反トランプを掲げたほうがメリットは大きかっただろう。人種差別やLGBT差別に反対する姿勢を見せたほうが、グローバルなファンに喜ばれるからだ。アメリカ一国のファンよりも、世界のファンのほうが人数は多いのである。

〔PHOTO〕gettyimages

ローラもまた国際的なセレブとしてグローバルなファンの獲得を目指している。プラスチック用品による海洋汚染について懸念をあらわし、ユニセフのイベントで1000万円を寄付したことも、そして「美しい沖縄」というエコロジーの観点から署名を呼びかけたことも、その意味で一貫している。

元クイーンのブライアン・メイもTwitterで署名を呼びかけて話題になったが、それも「サンゴ礁を守って」というエコロジーの視点だったことを思い出そう。エコもまたグローバルなファンの心に訴えかける典型的なロジックである。

ローラをめぐる今回の騒動が、芸能人の政治的発言とCMスポンサーといった議論に集約されてしまったのは、ローラの人気がいまだ日本だけにとどまり、国際的なセレブとしてグローバルなファンを獲得していないからだろう。

ローラとローラを批判する芸能人の違いは、彼女らの求める「公衆」が単に国内かグローバルかの違いなのだ。