「弱み」は人間が生き延びるために必要な能力だった

日本人の脳に迫る⑭
中野 信子 プロフィール

やらせを告白した心理学者ジンバルド

ところで、しばしば優れた芸術作品や宗教的要素の高い言説は、人間の不合理という特質に働きかけてきて、物理的には決して完ぺきではなく、有限の時間しか生きることができない私たちに、永遠を感じさせてくれたり、瞬きするほどの間に過ぎ去っていってしまうごく短い刹那を体感させてくれたりすることがある。

そうすることでわれわれが「いま、ここにいること」を強く意識することができ、生き延びようとする意志に力を与えてくれるという良薬のような役割を持つことがある。これは、合理的な選択を選好するAIには向いていない、人類のサポートの方法かもしれない。

 

面白いことに、人間では、時間知覚に鋭敏になればなるほど(こうした個体は経済的に有利になりやすいということがわかっているにもかかわらず)、悲観的な未来を詳細に想像して準備する力が高いために、現在をネガティブに捉える傾向が高い。

この現象は思春期からすでに見られ、こうした知覚の鋭い成績優秀者では、他の生徒と比べて悲観的な傾向が高い。だからこそ勤勉になり、結果を出すことが可能なのだとも言えるが、本人の内観を想像すれば、ネガティブな未来からのリアルな脅迫を感じながら毎日を過ごさなければならないのは、これはかなりの苦痛だろう。時には自殺を選ぶ個体もある。

心理学者のジンバルドは、自身が強い未来志向型(悲観的な)であり、現在を楽しむことができていないということに気づき、同僚に依頼して催眠法を試したという。意識も何もかも未来ではなく現在に向けることを意図しての催眠だったというが、彼自身はこれが功を奏したと述べており、自分の周囲の匂いや、壁に掛けてある絵の素晴らしい色使いに気づくことができるようになったという。

つい最近、自分の仕掛けた実験がやらせであることを告白してジンバルドは悪名を世に広めてしまったが、心理学者として何ごとかをなさなければならないという不安が強すぎたためにこのような行動に出たのだろうか。むしろ、その内観をこそ分析してもっと詳細に報告してほしかったような気もする。

アートと宗教の意味

話を元に戻すが、宗教性の高い言説(特定のものに偏るべきでないと個人的には考えているが)には、この催眠法と似たような効果があるのかもしれず、自分のいまいる日常とは違う時間の流れを知覚させてくれる。

特に時空いずれの軸で考えても日常と比較すれば桁外れに大きな範囲におけるエピソードがちりばめられ、読み込むほどに時間と空間の広がりを感じさせる側面がある。現代でこれを肩代わりする機能を持つのは科学(天文学)とコンセプチュアルアートくらいなものだろう。

人によっては、あるいは状態によっては、その世界観に触れることで人生そのものが変わってしまうようなこともある。

宗教性が人間にもたらす知覚体験は、それなしでは生き残ってこられなかった「ネガティブな未来に対する不安」から私たちを絶妙な精度で解放し、遠い未来や手の届かない過去を認識させることによって逆説的に、いま、と、ここ、に私たちの目を向けさせ、生きる力を与えてくれるものだということができる。

これは観念の遊戯というよりも、もっと実際的に活かされるべき知見と言える。長期的な視座に立ち、ネガティブな未来を感じる力こそが、あらゆる不測の事態に対する準備を私たちにさせてより生き延びる確度を上げる能力と同じものだということを、多くの人は感覚的に知っているだろう。

不安傾向の高い人のほうが長命を維持する割合が高く、健康でいられるという研究結果も知られている。苦痛を忘れて芸術の快楽や知の遊戯に溺れるなどということではなく、不安によるストレスを和らげつつも鋭く未来を見据える力を一定の水準に保ち、冷静に力強く対処する――その工夫のためのツールとして活用できるものを積極的に思考の中に取り入れることが、「弱み」を生き延びる強さに変える生き方を構築する助けになる。