日本の銀行はこれからどこへ向かうか…メガバンク幹部の「一つの考え」

銀行が町医者になる日、の意味とは
林 尚見

フィンテック・スタートアップの矜持

──そうしたなかで、今年の春にストックホルム、ヘルシンキ、コペンハーゲン、タリン、そしてベルリンで主にファイナンスに関わるスタートアップなどの視察に一緒に行かせていただいたわけなんですが、この視察にはどういう狙いがあったんですか?

まずは、北欧と日本は親和性が高いのではないかとずっと思っていたんですね。日本は、アメリカと最近の中国の動きは熱心に追いかけていますが、日本の今後を考えると、むしろヨーロッパのほうが参考になるだろうと思っています。とはいえイギリスは参考にならないでしょうし、日本はフランスほどには成熟していない。

NAOMI HAYASHI 林尚見 1965年生まれ。87年、慶應義塾大学経済学部卒業後、旧三菱銀行入行。2015年に旧三菱東京UFJ銀行執行役員・経営企画部長に、18年5月より取締役常務執行役員CSO

──成熟というのは、金融の世界のことですか?

いえ、やはりフランス革命の国ですから、自由や自己責任の原則といった部分で成熟しているのではないかと。北欧は経済圏にいる人間が2000万人っていうことでしたし、日本と同じように比較的同質性の強い社会で、文化的にも穏やかな中道という印象をもっています。日本はアメリカと中国に挟まれ、地政学的にも難しい位置にありますから、今後進むべき道は、スイス化するか北欧化するかしかないのではないかと前々から思っていたんです。

そこにたまさか金融システムのキャッシュレス化が進展しているらしいという話もあり、なぜそのエリアでキャッシュレスが進展しているかも知りたかった。おそらく技術的には日本でもできることをやっているはずですから、そうだとすると、なぜそこまで浸透したのかがむしろ問題で、それを受け入れている国民が見ている景色や、政府がそれに対してどういう政策を講じているのかといったあたりでヒントがあればいいな、と。

──1週間の間に5カ国をめぐる強行軍でしたが、とくに印象に残った話などはありましたか?

スウェーデンの中央銀行の関係者にお話を伺う機会をいただきました。スウェーデン政府がブロックチェーンを使ったデジタル通貨をいますぐにでも発行しそうな勢いだという感じで日本で報道されていましたが、実際話を聞いてみますと、まだ2年間のリサーチの1年目が終わったというくらいの状況で、中央銀行としては、やるともやらないとも決めていないと話されていましたね。

 

──ブロックチェーンに対する評価が、どこに行っても全体的にかなりシビアだったのが印象的でした。コスト、スピードの両面から見て実装できる分野は限られている、といった論調。

技術的な評価は、とても中立で公正だったと思います。また、中央管理者がいないところでマイニングを基盤とした仕組みを導入するのはハードルが高いということを明言されていたのは、公的機関の見解としては常識的だと思いましたし、安心もしました。

──エストニアのGuardtimeというセキュリティ企業も、「パブリック・ブロックチェーンの上に行政インフラを乗せるわけにはいかないだろう」と言っていました。

そうでしたね。加えて、スウェーデンでは政府や中央銀行がキャッシュレスを推進しているのではなく、国民に選択肢を提示しているだけだというお話もあって、それも印象的でした。それは裏を返すと、国民一人ひとりが自分の意思で決済手段を選んでいるということでもあります。

お店の側に対しても法定通貨を受け取る義務を課していないと言っていたんですが、そういうところもある意味自立しているんですね。銀行もお店もお客さんも社会全体が。そこは日本とはだいぶ大きな差を感じました。

──スタートアップ企業については、訪ねる前はどういう期待をおもちだったんですか。

最初は、UIとかUXの部分で何か発見があればいいかなくらいに思っていたんです。なにせデザインに秀でた地域ですから、アプリなんかでも目が覚めるようなUI/UXを提供しているのだろうとの期待がまずはありました。でも、途中から気になりだしたのは、預金口座と現金で成立している経済圏と、ウォレットとポイントで成立する経済圏とが、国のなかでどういうバランスで並存するのかということでした。

行く先々で「このウォレットは預金保険の対象なのか」とか「元本は危機時にはどう保全されるのか」とか、テクニカルな質問ばかりして「は?」みたいな顔もされましたが(笑)、そこはわたしとしてはどうしても気になるところなんです。

──どういうことですか?

金融危機を体験していない新しい技術が国の決済を一手に担うことになって、リスクに対峙したとき、それを乗り越えるだけの覚悟や矜持はあるのかということです。さらに国はどういうふうに安全を担保しようとしているのか。デンマークやスウェーデンでは、企業の方にも、行政の方にも、そういう質問を何度かしましたが、答えを聞いてみると、案外軽い感じなんですね。危機時の対応はどうするのかなと正直思った部分もあるんですが、わたしたち日本人とは異なる別の価値観というか、理解の仕方があるのかもしれません。

──別の価値観?

それも自己責任だと考えられているのかなと思ったんです。金融危機が起きて、モバイルバンクがデフォルトして、キャッシュレスシステムが崩壊し、貯めていたポイントが全部消えたとしても、みんなが納得しているということなのかもしれないなと。

あと、デンマークではデジタル担当省の方に、なぜこれほどまでに政府が信頼されているのかと質問をしたところ、第二次大戦のときに国民を守ってくれたからだみたいな答えがあったと思うんですが、それはそれであったとしても、エストニアでも盛んに語られていた「透明性」が、やはり信頼につながっているのだろうと感じました。政権がどのようなポジションをとろうと、行政のレベルではどこまでも説明責任を果たしていく覚悟というか、そこを全うする矜持といいますか。

──最初にお会いしたときから、スタートアップに対しては厳しい評価をされていた印象がありますが、それはフィンテック企業を競合として脅威と感じられていたからなんですか?

最初にお会いしたときには、そういうところもあったかもしれませんが、いまは違います。むしろコンペティターはほかにいるように思えますし、いずれにせよメガバンクも通常の銀行も、いまいただいている顧客基盤でもっとできることがあるはずで、それをちゃんと果たす社会的責任が大きいはずです。