中高生にとって「論文を書く力」こそ、入試と人生の必勝法だ

新・大学入試時代に求められる力とは
小笠原 喜康, 片岡 則夫 プロフィール

論文を書く探究学習では、さまざまなスキルが得られます。パソコンによる文書作成の技はいうに及ばず、情報検索や正確な引用の仕方など、どんな場面でも役立つ技術がたくさん身につきます。自分が興味を持ってこだわることに取り組んでいれば、こうした力は自然とついてしまいます。

とはいえ、論文作成はそうした能力を磨くためだけにすることではありません。むしろ、あなたが探究的に学ぶ道のり(過程)それ自体が目的です。論文作成(探究学習)は、今の自分があるべき自分を見つけ、成長するチャンスです。

「一人ひとりみんな違う」

この本の私たち二人の著者は、それぞれにこれまで論文の書き方の本を出してきました。小笠原は大学で学力論を研究しながら、これまで6冊の論文論の本を書いてきました。片岡は中高の教員をやりながら学校図書館を通じて論文指導をおこない、これまで3冊の論文論の本を書いてきました。

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私たちがなぜ論文論の本を書いてきたのか。それは、日本の子どもたちに、自分を探し、自分の考えをつくってもらいたかったからです。自分の考え・意見と活力を持って、よりよく生きようとする人間に育つこと、それが教育の究極の目的です。学校教育の本来の仕事は、自律した人格をはぐくもうとする、一人ひとりをサポートすることです。

しかし小笠原には、そのときの情景をありありと思い出せるほどの、苦い経験があります。小笠原が、在外研究で家族とアメリカの大学に行ったときのことです。中学校3年の長男が現地校に通いはじめてまもなく、こういうのです。

「お父さん、こっちの子はみんな、なんか違うんだよね」
「へえー、そうなんだ。人種とか民族とか、宗教による服装とか髪型とかが違うの?」
「ううん、そうじゃなくて、一人ひとりみんな違うんだ。日本の友だちもみんな違うと思ってたけど、こっちに来てみると、日本の子はみんな同じなんだよねぇー」

これを聞いたとき、小笠原は大きなショックを覚えました。なぜならそれまでの日本の教育界では、いつも個性重視とか主体性を大切にといってきたからです。にもかかわらず、日本の子どもたちには個性がとぼしい。個性や主体性を大切にしていないから、いつも個性重視・主体性を大切にといってきたのだということに、そのとき嫌というほどに気づかされたのです。

自我が伸びてくる中高生にこそ論文を

アメリカから帰国して後、小笠原は論文論の本を書きました。それも、論文とはなにかといった大上段からの目線ではなく、学生たちの論文作成を実際にサポートするための本を書いたのです。幸いその本は、とてもよく売れ、今日までロングセラーとなっています。

しかし、はたしてこれで日本の学生たちは主体性をはぐくんでいるのでしょうか。残念ながら、そうではないと思います。大学生では遅すぎるというわけではないのですが、もっと前から、自我が伸びてくる中高生にこそ、論文は必要なのではないか。

私たち二人の思いはここにあります。大学入試が変わるこの時期に、先生方にも読んでいただき、これからの日本の教育を変えてもらいたい。『中高生からの論文入門』はその思いで書かれました。