写真は全て筆写撮影

中国は先進国か、発展途上国か…正月の北京で見つけたひとつの答え

この国は「21世紀の実験国家」なのか

中国は先進国なのか

正月は、今年も北京で過ごした。この習慣がついてから、はや27年になる。時にマイナス14度まで下がった極寒烈風の街を彷徨いながら、今回、私の脳裏には、常に一つの疑問が離れなかった。

「中国はいったい、先進国なのか? それとも発展途上国なのか?」

なぜこんな愚問を発していたかと言えば、それは元日に中国との国交正常化40周年を迎えたアメリカが、この曖昧模糊とした大国をどう捉えているのかが、気になったからである。

もっとも、40周年の派手な記念式典などは執り行われず、代わりに7日から、ジェフリー・ゲリッシュ米通商代表部(USTR)次席代表を代表とするしかめ面をした貿易交渉代表団が、北京へ来ている。アメリカ側は、3月1日までに交渉がまとまらなければ、昨年9月24日に2000億ドル分の中国製品にかけた10%の追加関税を、25%に引き上げるとしている。

米中関係の行方は、このコラムの主要テーマの一つであり、今年も中国の立場から存分に書いていくつもりだが、いまの米トランプ政権の面々は、「新冷戦」とも言われる相手のことを、どう考えているのだろう? 中国は、「21世紀のソ連」なのか? それとも、もっと別な存在なのか?

この問いは、中国側からも発せられるべきものだ。習近平政権は、中国をどこへ向かわせようとしているのか? アメリカに取って代わる「21世紀の覇権国」なのか? それとも、ただやみくもに膨張しているのか? そもそも、中国の成長はそろそろ終わりに差しかかっていないのか?

かつて温家宝前首相は、毎年9月に中国で開かれる「夏のダボス会議」の非公式の席で、欧米の指導者たちを前に、こう述べたことがある。

「中国とは、10%のヨーロッパと、90%のアフリカだ」

その意味するところは、北京や上海などの大都市は、すでに先進国と変わらないが、地方へ行くと、まるでアフリカの国々のような状況だということだ。

だが、この発言からすでに約10年が経過し、中国はその間に日本を追い越して、世界第2の経済大国にのし上がった。私は地方都市へも足を伸ばすが、地方都市もこの10年で、大きく様変わりした。

高層ビルの建設が続く北京の中央商業地域

中国の現状について、いまの習近平政権の公式見解は、「中国は世界最大の発展途上国である」というものだ。これには、二つの意味があると、私は解釈している。

一つは、ハード面で発展途上だということだ。なぜなら、習近平政権が掲げる「3つの短期目標」の一つ、「脱貧攻堅」(貧困との戦い)に、まだ勝利していないからだ。

いまからちょうど一年前、習近平主席は、「中国には貧困層が、いまだ3000万人いる」として、「これから毎年1000万人ずつ減らしていき、3年で貧困ゼロにする」と宣言した。この公約が実現すれば、2021年の年初には、貧困層はゼロになる。中国4000年の歴史で、「脱貧困」に成功した政権はないから、2021年の中国共産党創建100周年を、誇らしく迎えようという思惑なのだ。

もしかしたら、その時に初めて、「わが国は先進国入りした」と唱えるのかもしれない。ちなみに、世界銀行(WB)は発展途上国と先進国の境界線を、一人当たりのGNI(国民総所得)1万2235ドルのラインで引いているが、2017年の時点で中国は1万6760ドルに達している。

 

もう一つの意味は、ソフト面で発展途上だということだ。都市部にせよ農村部にせよ、「国民の民度」がいまだ先進国のレベルに達していない。俗に言うなら、いわゆる先進国の国民としての自覚、道徳、マナーなどがまだ不十分だということだ。

これは、鶏が先か卵が先かという議論に似ている。中国は国民に政治的な自由を与えていないのだから、国民が国家から「自立」できないのは仕方がない。ではいつ、政治的な自由を与えるのかと言えば、現政権は「習近平新時代の中国の特色ある社会主義を堅持する」と標榜しているのだから、そんな気は毛頭ない。

また習近平主席は、昨年3月に憲法を改正し、国家主席の任期を取っ払ってしまい、半永久政権を目指している。

では中国は、社会主義国家として初めての先進国になるのか? 換言すれば、中国人は、政治的自由が与えられない初めての先進国国民となるのか? そのあたりは、そもそも先進国とは何ぞやという議論になっていくので、何とも言えない。

だが長年、中国を定点観測している私から見て、中国人の意識形態が、この10年で飛躍的に向上したのは事実だ。昨年は、推定で延べ約1億4000万人も海外旅行(香港・マカオ・台湾を含む)に出ているのだから(文化観光部は上半期で7131万人と発表している)、中国人はもはや「井の中の蛙」ではない。