# マネー戦記

「死ねというのか?」ある証券マンが取引先社長から浴びせられた罵声

東京マネー戦記【3】2007年冬
森 将人 プロフィール

「死ねっていうんですね」

関口の生い立ちは、ある雑誌の特集記事で読んだことがあった。高校を中退して小さな工場で働きはじめるも、経営が立ち行かずに工場は閉鎖された。そのとき関わった借金のつながりから、ノンバンクで働きはじめるようになった。

「いつも疑問に思ってましたよ。世のなかには貸し手と借り手がいるのに、なぜ貸し手がそんなに偉いのか。借りてくれる人がいなければ貸し手の商売は成り立たない。商売は全部そうです。お客様に買ってもらって、はじめて商売が成り立つ。

でもこの世界では、そんな常識が通用しないんです。借り手を虫けらのように扱い、偉そうにしている奴らが私には許せなかった。でもいつからか、そんな奴らの人生がうらやましくて仕方なくなった。そこからです。私が自分で会社を興そうと思ったのは」

30代で先輩についていく形で立ち上げた会社で、関口は実績を積むようになる。役立ったのは、借り手としてのつらい経験だった。どのようにすれば金を借りたくなるかは、自分の経験から導き出したという。

「この会社をはじめて30年以上になりますが、私たちのこだわりは、誰もやりたがらないことをどこまで本気でやるかです。銀行が金を貸さない人たちにも、私たちは融通してきました。金さえあればチャンスが活かせるという人が少なくないんです。そういう私のビジネスを理解していただくしかないと思います」

「お考えはよくわかるのですが、マーケットの変化は予想以上です。みんな御社がつぶれるなんてことは思っていません。ただ、正確にリスクが把握できない会社には手を出さないという雰囲気が支配的です。それほど投資家も余裕がなくなっているのです」

 

「どうにかならないんですか? 別に販売しなくてもいい。投資家がリスクを見きわめられなくなっているなら、おたくで抱えてもらってもいいんです。儲けるチャンスじゃないですか? 手数料だって上乗せしますよ」

「そんなことはできません……」

「何でですか? 今日お越しいただいたのも、あなたが弊社の魅力を理解いただいてるからではないのですか? 上司の方を説得いだけませんか? 私たちは来月末に30億円の支払いを控えている。その分だけでもお願いできませんか?」

関口はそれまで口調から一転して、頭を下げた。おそらくこれが本心なのだろう。とにかく金が欲しい。翌月の資金繰りにも窮するほどの状態だった。その姿を見ると、ぼくは前に進めなかった。

「すみません。やはり私だけでは判断できません。会社に聞かなければいけませんが、正直これ以上はむずかしいと思います」

「そうですか。私たちに死ねっていうんですね」

関口はそれだけいうと、黙り込んだ。何か考え込んでいるようにも、開き直って開放された表情にも思えた。ぼくはじっと下を向き、関口と目を合わせなかった。目を見れば何かいってしまいそうで、自分を押しとどめるのに精一杯だった。

本当にこれでよかったのか

C社が民事再生法を申請したのは、翌月のことだった。社長を含めたすべての経営者が退任し、ある銀行の傘下に入ることになった。財務部長も広報部長もいなくなると、ぼくが新会社で面識があるのは財務課長だけだった。

財務課長と挨拶するたびにひきつった笑みを向けられるのが気まずくて、ぼくも自然と足が遠くなった。最後に話したのは、彼の早期退職制度への応募が決まってからだ。C社の資金繰りも、ようやく一息ついていた。

「本当にこれしか選択肢はないのかと、最後まで社長は悩んでました」

すべてをあきらめる直前の関口社長の表情が、今でも財務課長の頭から離れないという。

それはぼくも同じだった。自分の身を守ることはできたが、マーケットを本当に必要とする人たちを守ることはできなかった。