Photo by iStock
# マネー戦記

「死ねというのか?」ある証券マンが取引先社長から浴びせられた罵声

東京マネー戦記【3】2007年冬

企業の資金調達を支援し、事業の成長を支えることは、証券会社の重要な任務である。しかし時には、たとえ相手先のトップから懇願されようとも、その企業に残された体力を冷静に分析し、非情にも見える決断を下さねばならない時がある。

大手証券会社に勤める「ぼく」は、資金繰りが悪化したあるノンバンクから連絡を受けるのだが……。

証券マンたちの息詰まる「ディール」の最前線を描く実録小説「東京マネー戦記」。

(監修/町田哲也

 

「見学に来ないか」というメール

ぼくが資金繰りに苦しむ企業の死に直面したのは、2007年のことだった。

ITバブル以来のピークをつけた株価は、下落に転じはじめていた。景気後退に追い打ちをかけたのが、米国の住宅価格下落とサブプライム問題だ。かつてない世界的な信用収縮と連鎖的な金融不安の足音に、投資家は逃げる準備を進めていた。

リスクを取る投資家がいなくなることは、業績の悪化した企業にとって死活問題だった。資金調達が滞れば、経営が傾くのは時間の問題だ。ディーラーにできるのは、荒れたマーケットと関わりを持たないことくらいだった。

Cというノンバンクは、そんなマーケットの波を大きく受けた会社だった。創業20年程度で東証に上場するまでになったが、新たな資金調達がむずかしくなっていた。ノンバンクは、資金がなければ貸し付けができない。業績への直接的な影響は無視できなかった。

「マーケットに関する意見交換もかねて、一度御社の皆さんで、弊社のコールセンターを見学にいらっしゃいませんか?」

C社の広報部からメールが来たのは、10月のある日のことだった。ぼくが参加してみようと思ったのは、C社の事業拡大に向けての取り組みを直接見ないと、会社の信用力を判断できないと思ったからだ。

ノンバンクはインターネット経由の新規顧客が増加しているが、依然として電話や無人カウンターでの申し込みも多い。融資を希望する顧客の手続きをスムーズに進めていくために、コールセンターを自社で保有する会社は少なくなかった。

11月とは思えない温かい日が続いていた。東京駅から京葉線で1時間ほど行った駅で降りると、C社のスタッフが迎えに来ていた。訊くと、ほかのメンバーはすでに現地に向かっているという。ぼくは案内されるままに、スタッフが運転する車に乗せてもらうことにした。

Photo by iStock

「ただの懇親会じゃない」

しばらく走ると、目に入ってきたのはベイエリアに建つ豪華ホテルのような建物だった。これだけのビルを新たに建設するには、相当の費用がかかるはずだ。C社にそんな余裕があるのだろうか。財務状況に対するぼくの懸念は、建物を見て深まらざるを得なかった。

ひと通り見学が終わると、チームヘッドの木村悟志とぼくはコールセンターの近くにあるC社の保養所に案内された。意見交換をするはずだったが、実際には30分ほど雑談に近い会話をしただけで、懇親会に入ることになった。

「あかん。これ、ただの懇親会やないで」

何となく感じていた不安を、最初に口にしたのは木村だった。著名な画家の巨大な絵画が飾られた会場では、フレンチを主体としたビュッフェスタイルの食事が用意され、ドレス姿の女性がワイングラスをふるまっていた。

「どうしますか?」

「ここまで来たら、断るわけにいかんやろ。とりあえず入るか」

財務部長の挨拶の前にシャンパンが配られ、半ば強制的にぼくもグラスを持たされた。

「今日は素晴らしい提案をお持ちいただき、ありがとうございました。資金調達をお願いするにあたって、弊社の施設を存分に見学してください」

「ありがとうございます。ただ、提案と申しましても……」

ぼくはほとんど提案らしきものをしていなかった。マーケットの状況を考えると、100億円どころか50億円の調達もむずかしいかもしれない。利回りもどれだけ必要か見当がつかない。伝えたのはそれだけだった。

「御社にお願いすれば、間違いないと思いますから」

「まずは、投資家をいくつか回ってみませんか? そこでマーケットの状況が体感できると思います」

財務部長が自分のペースに引き込もうとしたところで、木村が助け船を出してくれた。

「まあ、今日はそんな話をしたいんじゃない。せっかくですから、ゆっくり楽しみませんか」

財務部長は、急ぐように議論を切り上げた。口調は柔らかかったが、苛立たしげな表情が口もとにこぼれていた。