安倍晋三総理のInstagramアカウントより引用

総理の投稿動画から考える、政治の「インスタ活用」への不安と懸念

感情に訴えるメディアとどう対峙するか

「感情」を使うメディアとしてのインスタ

「インスタ映え」という言葉が口にされるようになって久しい。目に映るものすべてにカメラではなくスマホを向け、写真や動画を、いい塩梅に画角と画質、フィルタを調整し、気の利いたコメントやハッシュタグを並べてすぐさま体験を共有する。

ポイントは「さり気なく、しかしほぼ確実に意図を持って」「目的に応じたベストショットを」「(著名人含めて)本人感を醸し出しながら」加工・発信していることだろうか。

そうした投稿に「いいね(like)」したり、コンテンツを眺めるにあたって必要なのは、ただ時間だけだ。何ら理屈は必要なく、感情の赴くままになんとなく共感する対象を眺めていれば、自ずと類似のコンテンツが推奨されてくる。

確かに筆者も趣味の車やサーフィン関連の写真、動画をついつい長時間眺めてしまうが、今ではInstagramは多くの人たち、とくに若い世代の消費や購買行動に影響を与えており、観光地、商業地、商業施設等で意識した対策がなされている。

もちろんメディアの流行は時代時代に見られることで、いつまでInstagramが流行するのかは定かではないが、ここで重要なのは、非テキスト系SNSが存在感を示しているということだ。

以前から画像共有や短編動画共有のサービスは存在し、既存SNSでも共有可能なため技術的にもサービス的にも目新しいものではないが、これまではあくまで文字情報が主流で、画像や動画等はあくまで付加的なコンテンツだったはずだ。スマートフォン等の普及や高機能化、回線の大容量化、通信価格の下落なども重なって、まさに時流に乗ったということだろう。

〔PHOTO〕iStock

政治の世界でのSNS活用の今

日本では、新しいメディアや消費行動、マーケティング手法の流行から、一呼吸も二呼吸も遅れてというのが常だが、近年、政治の世界でもInstagramや非テキスト系SNSの活用が始まっている

2019年は、「亥年選挙」と呼ばれる、12年に1度の統一地方選と参院選が同時に行われる選挙の年でもある。加えて、安倍内閣の切り札としての消費税増税先送りに絡めた衆参同日選や大阪都構想を再度問う住民投票の実施も囁かれるなど、政治的には何かと落ち着かない。

 

以下では、ひとつのケーススタディとして、日本政治における最近のInstagram等の非テキスト系SNSの利用例を紹介し諸課題に言及してみたい。

まず直近の事例として、2018年の自民党総裁選におけるInstagram利用を概観し、政府(行政)の活用事例として総理官邸におけるInstagram活用の状況を紹介する。両方の事例から政治においても、Instagramの技術とサービス上のポテンシャルを有効に活用すべく試行錯誤がなされておる様子が確認できる。

もちろんどれだけ我々の選択に影響を与えているかについては慎重に検討されるべきだが、Instagramを活用した一般的なマーケティングと同様の理屈で一定程度政治的選択が影響を受けうるとして、我々の政治や民主主義は変わるのか/変わらないのか、どのように規制するべきか/しないべきなのか、という論点は今から検討されてしかるべきだ。

懸念の一つを先取りして言えば、「知識や論理」ではなく、「イメージ」で政治が駆動され、「政治(政策)の内実がよくわからないままに、何となく決定が進んでいく」状況がますます勢いを増すのではないかというものだ。良くも悪くも、世界的に注目されているポピュリズムの先端事例でもありそうだ。