2019.01.07

3億3360万円…「異常価格」がついたマグロの初競りの舞台裏

なぜ、いつからこんな高額になったのか
中原 一歩 プロフィール

最安値は2500円なのに…

結局、フタを開けると、その魚は278キロの大物だった。キロ単価が120万円なので、実際の価格は3億3360万円。この価格がどれだけ異常なのか。この日の豊洲市場の相場を見れば一目瞭然だ。

東京都中央卸市場によると、競りに出品された生のマグロは全体で181本。そのうち最高値がキロ単価200 万円。その次が4万5千円。195万円も差があるのだ。最安値は2500円だった。つまり、同じ国産の本マグロでも、木村氏が競り落とした魚だけが破格なのだ。

競りに参加した仲卸の一人は、その謎をこう分析する。

「お客様ありきの商売をしていれば、あの金額は絶対にありえない。お客さまに転嫁できない金額ですから。つまり、仮に赤字であっても自分の会社でかぶることが前提です。私たちは、朝、競り場に並んだ魚を見て、そこで初めて判断するのですが、あのマグロに関しては、最初から2社の一騎打ちだった。あの魚は競りの前からターゲットにされていたのです」

【PHOTO】gettyimages

入札である以上、木村氏一人でこの金額を叩き出すことは不可能だ。競合相手は一社。その相手こそ、昨年、TBS系列の人物ドキュメンタリー「情熱大陸」にも登場し、東京の名だたる寿司屋を顧客に有する仲卸「やま幸」の山口幸隆社長だ。

そして、この「やま幸」とタッグを組んでこの初競りに挑んだのが、銀座を拠点とし、香港、ハワイ、ニューヨーク、ロンドンなどに支店をもつ高級寿司店「鮨 銀座おのでら」を率いる小野寺裕司氏だった。

昨年、2018年の初競りを制したのは、この「やま幸」と「小野寺氏」だった。価格は3645万円(キロ単価9万円)。2012年以来、7年連続で初競りを制してきた木村氏は、この2人によって8連覇を阻止されたのだ。「すしざんまい、7連覇逃す」の見出しが、新聞各社の見出しに踊った。

 

実は木村氏は、2007年に初めて初競りを制した翌年から4年連続で一番マグロを奪われ、屈辱を味わっている。この相手が「香港の寿司王」と呼ばれ中国、マレーシア、日本などで寿司店を展開する「板前寿司」のリッキー・チェン氏と、やはり「やま幸」だった。

「築地市場で初めて、外国人が一番マグロを落札した」とのニュースは、アジア全域、欧米にまで報道され、ニューヨークタイムズにも記事が掲載された。当時、星の数でレストランを格付けするミシュランが日本に初上陸したこともあり、日本の食文化、とくに「寿司」が世界から注目されはじめていた。

しかし、ある騒動が勃発する。毎年、リッキー氏が一番マグロを競り落とすようになると「黒船来襲 日本のマグロが外国人に食い尽くされる」「日本の食文化が海外に流出する」などの世論が巻き起こる。

実際には日本の店舗で大部分を消費されていたのだが、2010年、尖閣諸島で中国漁船が日本の海上保安庁の船に衝突する事件が勃発。するとメディアは初競りをめぐる攻防を「日本VS中国」の構図にすりかえ報道するようになる。

航空自衛隊出身の木村氏は、私のインタビューの中で、航空自衛隊で培った財産は何かという問いに、「体力と大和魂」と答えるほどで、12年の初セリで4年ぶりに一番マグロを奪還した際も、思わず「今年は海外に持っていかれなくてよかった」と発言をしている。また、木村氏は元航空幕僚長の田母神俊雄氏をはじめ政界への人脈も深く、安倍首相と懇意にしていることをテレビで公言している。

木村氏にしてみれば、世界展開を実現している小野寺氏に対しても、同様の思いがあったのではないか。国内で庶民的な価格で寿司を提供する木村氏と、あくまで高級路線で世界展開を目指す小野寺氏。両者の思惑は「一番マグロを取る」という点で一致していても、目指す寿司屋像は明らかに違う。木村氏は去年の雪辱を晴らす思いで今年、一番マグロの奪取に乗り出したのだろう。

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