3億3360万円…「異常価格」がついたマグロの初競りの舞台裏

なぜ、いつからこんな高額になったのか
中原 一歩 プロフィール

これはえらいことになるぞ

かつて1億5000万円のマグロを競り落とした時、木村氏は実際に競りに参加する自社の若い衆に、こんな言葉をかけている。

「一番のマグロをとってこい。あとは俺がなんとかする」

おそらく、今年も同じことを言ったのではないだろうか。

豊洲市場には5社の卸会社がある。今回の魚は中央魚類株式会社、通称「マルナカ」が出品したものだ。マグロの競りは時間になると5社が一斉にスタートする。競りを仕切るのは、卸会社の「競り人」だ。彼らは卸会社に所属し、抑揚の効いた塩辛声で独特の音頭をとる。

その競り人のトイメンに陣取るのが、実際に競りに参加してマグロを購入する「仲卸」と呼ばれる人物。ただし、競りに参加するには「鑑札」と呼ばれる買参権が必要だ。木村も鑑札を所有し、「喜代村」という名前で競りに参加する。

【PHOTO】gettyimages

5時10分。けたたましい鐘の音とともに辺りが騒然となった。競りが始まったのだ。競り場には50人を超えるマスコミが押しかけていた。そして、一番マグロが決まる瞬間をカメラに収めようと、固唾を飲んで待ち構えていた。マグロの競りは「上げ競り」と呼ばれ、仲卸がキロ単位の入札額を提示し合うことで、価格が上昇する仕組みだ。

ところがどのマグロをめぐって、どんなやりとりがされているか全くわからない。なぜならば、入札には、かつて証券取引所でも使われていた「手槍」と呼ばれる独特の仕草が用いられるからだ。片手をのばし、指を開いたり、結んだりすることで、1から9までの数字を作り、競り人に入札額を伝える。

 

最初の異変は、競りが始まった直後だったと、入札を見守った水産関係者が証言した。

「通常、マグロの競りはキロ単価5千円あたりからスタートし、初セリは別として冬場は2万円前後で決着するものです。2万円でも200キロのマグロであれば400万円ですから。ただ、この日はどうも様子がおかしい。最初から10万円単位で競りが始まったんです。これはえらいことになるぞと直感しました」

マグロの競りは電光石火だ。一瞬で勝負が決まる。木村が20万円を入れたら、相手は30万円、50万円を入れたら、60万円と、わずか数秒の間にキロ単価が跳ね上がってゆく。

13年の1億5千万円の魚のキロ単価が70万円。その史上最高額をあっさり抜いたことは、一部の市場関係者だけが気がついたはずだ。競り人も興奮したであろう。そして、キロ単価が120万円に到達するかしないかの時点で、張り詰めた緊張の糸がプツリと切れた。木村と競り合っていた競合相手が競りを降りたのだ。

周囲の関係者、マスコミの視線が競り人の手元に集中する。競り人は素知らぬ顔で、次のマグロの入札を始めた。いったい、最初のマグロはいくらなのか。当の木村氏も把握していない様子だった。

すると、誰からともなく、静寂を破るようにして声があがった。

「喜代村、3億」

その瞬間、驚きと絶叫とが混じり合った歓声が、体育館ほどの広さの競り場をドッと揺らした。3億円という数字に、信じられない様子の関係者が、競り人の周囲で右往左往していたのが印象的だった。マグロ競りが始まって数分の決着。時計の針は、5時11分を回ったところだった。

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