客家・鄧小平の遺産を失った中国共産党の「哀しき運命」を読む

たとえ米中貿易戦争がなかったとしても
大原 浩 プロフィール

シンガポールは「明るい北朝鮮」

為替ディーラー仲間の間で、シンガポールは「明るい北朝鮮」というニックネームで呼ばれている。

北朝鮮は3代続く金王朝に私物化されているが、すでに述べた様にシンガポールもリー王朝3代(ゴー・チョクトン氏はクワンユー氏の子飼い)によって支配されている。

それだけではない。シンガポールでは、公共の水洗トイレの水を流さなかったり、チューインガムを歩道にはき捨てたりすれば逮捕される。

もちろん言論・集会の自由も無く、駅前や公園などで演説でもしようものなら、警官がとんでくる。

選挙においても、投票用紙には識別可能な印がつけられており、その気になれば政府は「誰が誰に投票したのか」を調べることができる。政府は、そのようなことをしていないというが、それならば必要が無い印をなぜつけるのか? 少なくとも一党独裁を心理的に後押ししているのは確かである。

さらには、外国人労働者の人権など無いも同然で、優秀な技術者などの高度人材は破格の優遇を受けるのに対して、低賃金労働者は必要がなくなればぽいと捨てられる、つまり本国に送還される。要するに使い捨てである。

極め付きはむち打ち刑であり、自動車にスプレーで落書きをした米国の少年が禁固4ヵ月と6回のむちうち刑の判決を受けた。米国大統領の嘆願を受けて、むち打ちの回数は4回に減らされたものの、刑そのものは米国大統領の反対を押し切って実行された。

 

これだけ締め付けの厳しい国にも関わらず、シンガポール人の多くは明るく屈託が無い。

北朝鮮と違うのは、彼らが豊かである点である。北朝鮮はもちろんのこと、日本の1人あたりGDPのはるか上の所得を得ていれば、少々の政治的不自由は苦にならないであろう。そもそも、政治的自由は国民を豊かで幸福にする「手段」の1つとも言える。

そして、さらに重要なのはシンガポールにおいては、北朝鮮と違って政治的な腐敗や汚職があまりないことである。国民に信じられないほど厳しい規律を押し付けるが、自らにも厳しい自制を課すのが、リー・クワンユー流=シンガポール流である。

この厳しい自制はリー・クワンユー一族の人格面によるところも大きいが、客家文化を受け継いでいる部分は見逃せない。

客家に対して語るときりがないが、1851年の太平天国の乱のリーダー、洪秀全も客家である。彼らは当時としては革新的な平等主義の思想を掲げている。しかし、その理想を実現するための武力の行使は躊躇しなかった。

高い理想を掲げ、自らを厳しく律しながらも、その目標実現の手段は問わないというのが、筆者の持つ彼らのイメージだ。

また、長らく被差別民族であったため、共同体の結束が強い。例えば、優秀な子供は、村全体で費用を負担し、高い教育を存分に受けさせ出世させるということも、当たり前のように行われていた。

つまり「どのような強力なリーダーであっても、社会(共同体)のおかげでのし上がったのだから、世の中にお返しをすべきだ!」という哲学が脈々と受け継がれているのだ。

事実、リー・クワンユーは、国費で米国に留学した学生たちがシンガポールに戻って恩返しをせず、米国に定住することに激怒して厳しく非難している。