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客家・鄧小平の遺産を失った中国共産党の「哀しき運命」を読む

たとえ米中貿易戦争がなかったとしても

米中貿易戦争がなかったとしても…?

現在、米中貿易戦争から「第2次冷戦」に至る過程の中で、習近平氏はまるでデクノボーのように見える。建国の英雄と敬われる「毛沢東」回帰路線をとって、自らも皇帝のように世界に君臨しようとしたが、米国という大国に行く手を阻まれ追い落とされようとしている。

そもそも、共産主義中国建国の英雄とは言われているが、毛沢東はいわゆる「文化大革命」だけではなく「大躍進」政策も含めて多くの中国人民を、暴行、リンチ、処刑、人為的飢餓などによって死に追いやった。

共産主義中国にはまともな統計が無いので、西側推計を信じるならば、人為的な飢餓を含む死者は8000万人ともいわれる。毛沢東はアドルフ・ヒットラーやヨシフ・スターリンも真っ青になる「虐殺王」である。

また、主治医の証言によれば、歯を全く磨かず、風呂にもあまり入らなかったため、常に異臭を放っていたという。周恩来のような忠犬を駆使し海外との交渉を行い「奥の院」に引きこもっていたから、問題は無かったかもしれないが……主治医からは「吐き気を催す人物である」と評されている。

そのような「吐き気を催す人物」によって破壊され、現在の北朝鮮と同じかそれよりもひどい状況に陥っていた中国を改革開放という画期的な手法で救い、本当の意味での「大躍進」を行ったのが鄧小平である。

その真の意味での「建国の英雄」である鄧小平の改革開放を否定し、おぞましい毛沢東路線に戻ろうとしていた習近平氏には、米中貿易戦争が無かったとしても破滅しか道が残されていなかったのだ。

しかし、中国を含む共産主義国家群の中で、鄧小平だけが改革開放という偉業を成し遂げることができたのか?

熾烈な権力闘争の中で、何回もつぶされながらも、不死鳥のようによみがえった背景には「鄧小平が客家(はっか)であった」ということが見え隠れする。

 

客家は中国国内では被差別民族であるため、鄧小平は自身が客家であることを公言しなかったといわれている。

客家の歴史は古代の中国北部に始まる。もともとは古代中国の中原や東北部の王族が主要なルーツだとされる。アジア人にしては長身の人々が目立つことや、貧しい民族であったのに、成功者には貴族的雰囲気を醸し出す人物が多いのはそのあたりに理由があるのかもしれない。

戦乱を逃れて南下するうちに、中国南部の山奥が主たる居住地となった。近代になってから南部から世界に羽ばたいたことが、彼らの成功の原因といえるであろう。もちろん長期にわたって中国国内での「被差別民族」としての暮らしで培われてきた知恵が、その躍進を後押ししたことは言うまでも無い。

そもそも中華人民共和国(共産主義中国)、中華民国(台湾)どちらでも建国の父とあがめられている孫文が客家である(異説もある)し、その妻、宋慶齢も客家である。さらには蒋介石夫人である宋美齢も客家である。

目を転じれば、台湾の李登輝総統が客家である。また、今や日本をしのぐ富裕国となったシンガポールの建国の父リー・クワンユーだけでなく、中継ぎリリーフの2代目首相ゴー・チョクトンも客家である。3代目首相のリー・シェンロンは建国の英雄の息子であるのだから、言うまでもない。

その他にもタイガー・バームの創業者・胡文虎など実業界でも客家は実力を発揮している。

アジア圏の中では、華僑の力が強く、マレーシアでも、インドネシアでも、タイでも、アジアを代表するような企業の多くが華僑系である。しかし、華僑の中でも少数派である客家系が最も強い力を持っているといわれる。

もっとも、歴史が証明しているのは、客家の力が存分に発揮されるのは政治・軍事の分野であることだ。