なぜ「縄文」は、世界史上でも「ユニーク」な文化と言われるのか

「縄文」をめぐる7つの疑問
山田 康弘 プロフィール

土偶、農耕、自然…私たちのイメージと異なる縄文

Q3:縄文ブームで土偶が「かわいい」と大人気になっていますが、そもそも土偶とは何ですか?

A3:むずかしい質問ですねー。さまざまな解釈がありますが、蓋然性が高いと思われる説を紹介しますね。

土偶は、その出現当初から、女性をかたどっていたことがわかっています。

したがって、本来的には女性性(女性のもついろんな力)を象徴する呪術具であると思われます。特に中期以降の土偶には、妊娠した女性をかたどったものが多く見られます。このことから、土偶は女性の「子供を産む力」をモチーフとした呪術具だと考えられています。

土偶 青森県亀ヶ岡遺跡出土(wikipediaより)

食料や物資をより多く得るために大地の豊穣を祈る、病気や怪我の快癒を祈る、安産を祈る・・・というように、さまざまな問題が、呪術的に新しい生命を付与することによって解決できると考えられていたのではないでしょうか。土偶はその目的のために使用されていたのではないかと考えられています。

 

Q4:一時期、縄文時代に農耕があった、あるいは米が作られていたと言われていましたが、正しいでしょうか?

A4縄文時代に農耕が存在した可能性はあると思います。ただ、まだ確実な証拠は見つかっていません。

かつて縄文時代のものとされていたコメに関しては、年代を炭素14年代測定法で測ってみたら、より新しい時代のものだった、土器の時期が違っていた、後世のものが混じっていたなど、そのほとんどが間違いだったことが判明しています。

たしかに、かつて縄文時代晩期のものとされてきた突帯文土器(土器の口縁部に粘土の突帯を巡らせた土器)には籾の痕が見られます。しかし現在では、突帯文土器の時期は弥生時代に繰り入れる研究者が多くなっています。

Q5:縄文時代のイメージとして、「自然と共生していた、平等で平和な時代」というイメージがありますが、正しいでしょうか?

A5:大筋では正しいと言えないこともないですが、このような言説にはさまざまな問題点があります。まず、「自然と共生していた」という点ですが、縄文人がまったくの原生林の中に住んでいるような状況を想像されるのでしたら間違いです。

縄文人は、集落の周辺の森を切り開き、自分たちの生活に都合のよいクリやウルシなどの有用植物を植えていました。

このように、人間に都合のよいように自然に手を加えていたことまで含めて「共生」と言うのでれば、縄文時代に限らず、産業革命以前の伝統的社会であれば、そのほとんどが自然と共生していたことになるでしょう。

したがって、縄文時代の人々だけが自然と「共生」していたのではありません。

また、最近のお墓の研究、特に副葬品や装身具、墓の作り方といった研究からは、縄文時代の社会が必ずしも平等ではなかったこともわかってきました。

さらには、出土した人骨から、複数の集落が関与するような大規模な闘争はたしかに無かったとしても、殴られて鼻の骨が折れたり、斧などで頭を殴られたりといった傷の痕跡は見られるので、喧嘩や殺人などのいさかいはあったこともわかっています。