フォッサマグナパーク。写真の石垣側が2億6000万年前にできた地層、右の草地側は1600万年前にできた地層。その境目が露出している(撮影/齋藤海仁、以下同)

日本列島が真ん中辺りで折れ曲がっている理由、知ってた?

フォッサマグナをわかりやすく解説!

日本列島を地図で見てみてください。北海道が頭、太平洋側が背中側で日本海側がお腹側だとすると、ちょうど人が腹筋運動をしているみたいに折れ曲がってます。

この形ができ上がったのには、誰もが聞いたことはあるけど、説明するのは難しい「フォッサマグナ」が関連しているんだそうです。

その「フォッサマグナ」の一部が見られるということで、新潟県糸魚川市へ。そこで垣間みたのは、日本列島誕生の壮大なドラマだった。

 

「フォッサマグナ」とは「大きな溝」という意味

世界遺産と同じく、ユネスコが認定する「世界ジオパーク」。現在、日本にある9地域のうち、新潟県の糸魚川は2009年に日本で初めて認定された3地域のひとつだ。

糸魚川が認められた理由のひとつは「フォッサマグナ」だった。

フォッサマグナ? どこかで聞いたことがあるような気がするけどなんだっけ、という人も多いに違いない。たしか日本の大きなナニカだったような……、と疑問に思って調べたところ、「フォッサマグナミュージアム」と名乗る博物館があるではないか。サイトの説明によると、フォッサマグナは日本を分断する大きな溝らしい。ということで博物館に行ってみた。

フォッサマグナミュージアムはJR北陸本線糸魚川駅から車で約10分の場所にある。だが、フォッサマグナの断層はこの博物館にはない。周辺に地質学的な見所「ジオサイト」が24ヵ所あり、その総称を「糸魚川ジオパーク」と呼んでいる。フォッサマグナの断層はそのジオサイトのひとつで、ちょっとややこしいけれど「フォッサマグナパーク」という場所にある。

駅前でタクシーを拾い、「フォッサマグナパーク」と行き先を告げると、タクシーはほどなく姫川沿いを上流へ向けて走り始めた。ちなみに、糸魚川という川は存在しない。なぜないのかと聞かれても困る。ないものはないのだ。

目的地でタクシーを降り、山裾の歩道を歩くと、やがて山肌が少しえぐられた場所に出た。ここが日本で数ヵ所しか見られないフォッサマグナの西側の断層である糸魚川―静岡構造線、そして、北アメリカプレートとユーラシアプレートの境界だ。

右側がアメリカまで、左側はヨーロッパまで繋がっている陸地の境目

といっても、見た目は単なる土だが、一応、断層を示す白線と文字板があり、向かって右(東)側が「1600万年前の安山岩」、左(西)側が「2億6000万年より前の変斑れい岩」らしい。とはいうものの、その間に挟まれた部分は何度も破壊された末に粘土になっていて、安山岩と変斑れい岩も大きな岩がぽつんとあるだけ。だから、素人目にはここが重要な場所とはゼッタイにわからないだろう。それでも、2億4400万年も差のある地層が並んでいると聞けば感慨深い。

1600万年前にできた安山岩
2億6000万年前にできた変はんれい岩
フォッサマグナ(大きな溝)の東側の境目

と同時に、「なぜ?」という疑問も湧いてくる。

どうしてこんなに時代も出来方も違う地層が隣り合っているのか。そして、この糸魚川―静岡構造線とフォッサマグナとは何か。その秘密はおそらくフォッサマグナミュージアムに行けばわかるのだろう。

フォッサマグナパークからフォッサマグナミュージアムへは、さらにタクシーで10分強ほどで到着した。さっそくフォッサマグナの展示へ。

フォッサマグナとは「大きな溝」という意味のラテン語である。発見者は明治時代に日本に地質学を伝えたドイツ人のエドムント・ナウマン博士だ。

ナウマン博士はナウマン象の名前のもとになった学者で、日本で最初の地質図を作り、中国山地、紀伊山地、四国山地などの名付け親でもある。日本で活躍しただけでなく、彼は国際的にみても非常に優れた学者だった。

展示室では、フォッサマグナに関する岩石や解説が、2500万年前から時間を追って紹介されていた。だが、それでは推理小説を結末から読むみたいで味気ないので、博物館の解説と、地質学の名著『日本列島の誕生』(岩波新書、平朝彦著)を参考にしながら、ここでは少々アレンジを加えて紹介してみたい。