古代からルネサンスまで、思想史の深部を流れる「記憶術」とは何か

ムネモシュネの饗宴への招待
桑木野 幸司 プロフィール

猫も杓子も記憶術

けれども、この単純な方法論が一挙に精緻化し、妖艶な叡智の大輪奇花を咲かせるのが、いわゆる初期近代(15~17世紀初頭)の西欧であった。記憶術の長い歴史の中でも、やはりこの時代がいちばん面白い。それは、散りゆく花の最後の輝きのようにも感じられる。

初期近代には、術の原理を解説した安価なマニュアル本が出回ってベストセラーになり、また術の効果を上演してまわる興行師まがいの人物も多数あらわれた。

やれ自分は記憶の器を頭の中に10万以上持っているだの、やれ記憶のイメージに水もしたたる美少女を用いれば忘却しづらいだの、やれ頭の中に図書館を造ってしまおうだの、本気とも冗談ともつかない情報が入り乱れて人々の好奇心を刺激し、猫も杓子も記憶術という状況が出来した。

「記憶術」が創造したもの

術それ自体の隆盛を追いかけるだけでも十分に興味深いが、さらに輪をかけて面白いのが、その応用の側面を探ることだ。

ある者は、記憶術のシステムの上に、万有万象の一切をひたすら文字によって記述した仮想世界を築き上げて、万人に知が開放された平和な世界の到来を本気で夢想した。

またある者は、場所とイメージに基づくデータ整理法を理想庭園の設計に応用し、庭巡りを楽しみながら、魚竜・奇禽・異獣、あるいは天地人万般に関する知識の一切を学習可能な一大奇苑を提案した。

さらには、この世の全ての学問を仮想建築に配置し、叡智のメトロポリスを精神内に建設しようとする者までいた。他にもきっと、独創的なしかたで記憶術を応用した知識人や芸術家がたくさんいたに違いない。

こうなるともう、その訳が分からない知的テンションに感化されるままひたすらに、初期近代の知的生産活動における、知(記憶)とイメージと空間の問題を掘り下げてゆくしかない。

気が付けば、もともと工学部の建築学から出発した筆者の関心は、美術史、文学、科学史、教育史、思想史……とジャンルを見境なく横断してゆき、熱にうかされるようにして博士論文を書き上げた。

本書は、そんな記憶女神ムネモシュネの叡智の饗宴を、一般読者の方にも広く知ってもらえるよう、なるべくわかりやすく綴ったものである。

もともと文化史や歴史学に興味のある読者には楽しんでいただけるものと自負しているが、そうでない方々にも、人文学って意外と面白いんだね、と思っていただけたら最高である。