国際捕鯨委員会脱退を日本政府が決めるまでの「全深層」

外務省幹部は、即座に和歌山へ飛んだ
松岡 久蔵 プロフィール

外務省はアフリカや北欧などを中心とする捕鯨支持国の大使に対し、脱退に向けた背景説明を始めたが、IWC脱退の期限となる年末ギリギリまで「脱退決定の通知を来年までなんとか伸ばせないか」と主張。抵抗を続けたものの、安倍政権の政治決断に押し切られた格好だ。

今回の脱退の決定は、いまだに「一強」と言われる安倍政権の権力基盤の盤石さによるところが大きい。

実は、日本は2007年のアメリカ・アンカレッジで開かれたIWC総会でも脱退を示唆している。しかし当時の第一次安倍政権、続く福田康夫政権下では、野党民主党も力をつけつつあり、脱退の方針を貫けなかった。

現在、安倍首相は官邸主導を確立している上、首相自身も捕鯨が根付いた山口県下関市が地元だ。捕鯨とかかわりのある安倍・二階の両氏だけでなく、菅氏が捕鯨再開派であることも、脱退を後押しした。

 

鯨肉の需要はあるのか?

さて、これで来年から商業捕鯨の再開が決まったわけだが、現在でも鯨肉の需要があるかはかなり疑わしい。

鯨肉は、戦後の食糧難の時代には貴重なタンパク源として年間約20万トンが国内消費されていたが、商業捕鯨が中断されて以降は数千トン台に激減しており、クジラ料理専門店などでしか食べられないのが現状だ。

商業捕鯨を再開しても、新規参入企業の採算が合うとは考えられない。現在、調査捕鯨を1社で担っている共同船舶のみが捕鯨を続けるとみられる。

食品メーカーも軒並み冷たい反応を示している。かつて大規模な南極海捕鯨で知られた大洋漁業をルーツに持つマルハニチロは、捕鯨事業からはすでに撤退しており、再開する予定はない。日本水産(ニッスイ)も、販売不振のため2006年に鯨肉缶詰を生産終了している。

流通各社も、反捕鯨感情を持つ顧客とのトラブルや環境団体からのクレームを避けるため、鯨肉の取り扱いにはきわめて慎重だ。

さらに、国際的批判の高まりも無視できない。

反捕鯨である英国の公共放送BBCは、日本の脱退について「商業捕鯨の再開は国際的な批判を呼びそうだ」と指摘。同じく英ガーディアン紙も環境保護団体の反発を紹介し、「日本は商業捕鯨の禁止を公然と無視するアイスランドやノルウェーに加わる」と、批判的なトーンで報道した。

米国との新貿易交渉など国際交渉への影響については、政府は「一切ない」(外務省幹部)との前提に立っている。しかし、今後の交渉材料として利用されることや、「日本は野蛮な国だ」というネガティブキャンペーンを張られ、悪影響が出る可能性は否定できない。

水産族の自民議員は、「『商業捕鯨を完全に止めないと、他分野に圧力をかける』というやり方はあり得る」と警戒する。実際、1982年にIWCが商業捕鯨の一時停止を決めた際、米国は日本が異議申し立てを断念する代わりに、自国の排他的経済水域(EEZ)で操業を継続する権利を認めた経緯がある。

国際的な批判を覚悟で、IWC脱退といういばらの道を選んだ日本。「(捕鯨が)地域産業として根付けばいい」(太地町の三軒町長)との声もある中、日本は捕鯨範囲を拡大するのか、新たな国際捕鯨団体の設立などに向けて動くのか――今後の動きから目が離せない。