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あの大谷翔平も心酔する、中村天風とは何者か

『運命を拓く』を読んでいた

まだメジャーに行く前、大谷が読んでいた一冊の文庫本がある。タイトルは『運命を拓く』。二刀流をひっさげて海を渡る若者にふさわしい響きだが、いったい、どんな人物が、何を書いた本だったのか。

「人生哲学」の第一人者

「1年間すごく充実して楽しい時間を送れた。いいシーズンでした」

11月22日、前日にアメリカから帰国したばかりのエンゼルス・大谷翔平(24歳)は、会見で満面の笑みをうかべながら語った。

見事というよりほかないルーキーイヤーだった。

肘を故障し二刀流こそ途中で断念したものの、4勝22本塁打、打率・285の成績でシーズンを終了。リーグ断トツの得票で新人王に選出された。

世界中から才能が集まる競争の世界で、圧倒的な成績で、実力を認めさせる。とても24歳のものとは思えない大谷の強靭な精神力の源は、どこにあるのか。本人は多くを語らないが、そのヒントが、渡米前に熟読していた本に隠されている。

昭和期の思想家・中村天風(1876-1968年)の『運命を拓く』だ。

中村天風。聞き慣れない名前だが、京セラ創業者の稲盛和夫氏のほか、日本電産の永守重信会長、H.I.S.の澤田秀雄会長兼社長ら、多くの財界人が座右の書として天風の本を挙げており、その世界では有名な存在だ。

大型の書店におもむくと、ビジネス書のコーナーにはたいがい「天風本」の棚が用意されており、いまでも毎月のように、その言葉や講演を解説した新刊が出版されている。

没後50年を経てなお、日本中の注目を一身に浴びる若者の心を支えている中村天風とは、いったい何者なのか――。

11月29日に『感動の創造 新訳 中村天風の言葉』(講談社刊)を上梓する平野秀典氏が言う。

「中村天風は波乱万丈の人生を送った人で、その過程で、自身の思想を『心身統一法』という実践的な方法にまとめあげ、世間に広く普及させました。『人生哲学』の第一人者とも言われています」

 

中村天風の本名は中村三郎。1876年、役人の息子として東京で生まれたのち、福岡の知人に預けられる。地元の名門・修猷館中学に進学し英語に堪能になるが、生来の気性の荒さで喧嘩に明け暮れ、退学処分を受けている。

その後、日露戦争で満州に渡り諜報部員として活躍するが、肺結核を患う。症状はひどく、死を覚悟したという。

弱った心身を立て直す方法を模索した天風は、1909年、33歳のときに単身欧米に渡り、最先端の医学を学ぶ。しかし、病の解決法はなかなか見つからなかった。

「せめて日本で母の顔を見て死にたい」

失意の帰国を決めた天風だったが、その帰路立ち寄ったエジプトのホテルでヨガの聖者と出会う。

「あなたにはまだやっていないことがある。ついて来なさい」

聖者はヒマラヤ山脈の高山の麓にある村に天風を導き、そこで天風は約2年半にわたる修行を積んだ。この修行を経て、天風は悟りを啓き、持病も治癒したという。

帰国後は、新聞記者などを経て、銀行の頭取まで上り詰めるが、1919年、43歳のときに突然すべての地位と財産をなげうって「統一哲医学会」(現在の公益財団法人天風会)を立ち上げ、自身の哲学を広め始めた。

以後、日本全国を行脚し、1968年、92歳でこの世を去っている。