首が折れても暴行ではない…? 石郷岡事件「全てが奇妙な判決」

ルポ ブラック精神医療(5)
佐藤 光展 プロフィール

一体、なにを守ろうとしているのか?

監視カメラの映像は、複数の動画サイトにアップされている。

まともな教育を受けた精神科看護師がこれを見ると、例外なく憤る。「これは精神科看護ではない」「何から何まで明らかな暴行です」。検察は一審の段階から、精神科看護の専門家の証人申請を裁判所に求めていた。だが、裁判所は却下した。

専門家を法廷に呼べば、間違いなく前記の看護師たちと同様の発言をしただろう。裁判所は彼らの証言を聞きたくなかったのではないか。

 

裁判所がそこまでして守ろうとしたものは何なのか。これが精神科の患者ではなく、がん患者や心臓病患者であっても、同様の屁理屈をこねて加害者を無罪にするのだろうか。

第10章の最後を、私はこう締め括らざるを得なかった。

〈明らかに過剰で不適切な抑制行為までも、精神科看護師の正当な業務行為だと認定したこの国の歪んだ司法。精神医療の暴走にお墨付きを与えたその罪は、例えようもないほど重い〉

Sは免訴ではなく無罪を求めるためなのか上告したが、検察は上告を断念した。これから先、精神科病院の入院患者は、看護師の過度な抑制行為で首をへし折られても、「正当な看護業務中の不慮の事故」として処理されかねない。

司法や市民感覚までも味方につけたこの国の精神医療の闇は、果てしなく深い。

東京高裁の判決を短く伝えた大手マスコミは、今後も続く民事裁判などには目もくれず、これにて取材を終了するだろう。何事もなかったかのように。

だが、この事件の取材や報道を、このような人権無視の不当判決で終わらせてしまっていいのだろうか。私はむしろ、ここからが勝負であり、ジャーナリズムの正念場だと考えている。