首が折れても暴行ではない…? 石郷岡事件「全てが奇妙な判決」

ルポ ブラック精神医療(5)
佐藤 光展 プロフィール

裁判所の「驚くべき屁理屈」

千葉地裁は、Sが弘中さんの頭部に左足で蹴りを一発入れたことを認めた。東京高裁はさらに、右足で蹴りを一発入れたことも認めた。証拠映像では蹴りは頭部に3発入ったように見えるが、このうち2発を裁判所は認定した。

さらに裁判所は、弘中さんが首を骨折したのは、SとTが弘中さんに接触したこの時以外には考えられないとした。だとすれば、Sは弘中さんの頭部にひどい暴行を加えているのだから、傷害致死罪を免れないはずだ。

ところが地裁も高裁も、驚くべき屁理屈を持ち出して傷害致死罪の適用を避けた。

Sが弘中さんに複数回の顔面蹴りを加えた後、Tは動揺する弘中さんの上半身を強く抑え込んだ。

天井の監視カメラからは死角となって、Tの脚の位置ははっきりしない。だが、上半身の位置などから考えると、Tは向精神薬の副作用で前傾していた弘中さんの頭か首のあたりに片膝をのせ、体重を浴びせかけた可能性がある。だとすれば、明らかに看護行為を逸脱した暴行だ。

そのため検察は、SはTと共謀して弘中さんに暴行を加え、首を骨折させたと主張した。しかし裁判所は、 Tの膝の位置はこの映像だけでは確定できず、Tの抑え込み行為で首が折れたと断定することはできないとした。

そうであれば、Sの複数回の顔面蹴りで首が折れたとみるのが自然だが、裁判所はまたしても驚きの屁理屈でこれを否定した。

Tが、弘中さんの首に膝を押し当てるなどして骨を折ったと断定することはできないが、映像の動きを見る限り、その可能性もゼロとは言えないので、Tが首を折った可能性もある。そうすると、Sの蹴りで首が折れたと断定することはできないから、Sを傷害致死罪で罰することはできない、としたのだ。もう訳がわからない。

被害者を2人以上が個々に暴行して負傷させた場合、それぞれの暴行が被害者にどれほどのダメージを負わせたのか判然としないケースでも、「同時傷害の特例」を適用できる場合がある。SとTが共謀して男性を暴行したと証明できなくても、この特例を適用すれば、傷害致死罪で裁くことができるはずだ。

だが、裁判所はここでも驚くべき解釈を持ち出した。Tが、顔面を蹴られて動揺する弘中さんを力任せに押さえつけるなどした一連の行為は、精神科看護の「正当な業務行為」だと判断したのだ。

Tが弘中さんの首に膝をのせて体重を浴びせかける行為があったとしても、業務中の意図せぬ過失と考えられるので、これで首が折れても暴行ではないというのだ。よって、2人が暴行を加えたことを前提とする同時傷害の特例は適用されず、東京高裁はTを無罪、Sは暴行が時効なので免訴とした。