石郷岡病院(千葉市)の隔離部屋で、横たわる弘中陽さんの頭部を左足で踏みつけた准看護師(右)

首が折れても暴行ではない…? 石郷岡事件「全てが奇妙な判決」

ルポ ブラック精神医療(5)

監視カメラの映像があるのに

2018年12月14日に発売となった拙著『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』。最終章の第10章の文末には、実は次のような予定稿を用意していた。

〈石郷岡病院事件は2018年11月21日、東京高裁が原判決を破棄して地裁に差し戻す控訴審判決を言い渡した。裁判は2019年も続く。弘中陽さんの命を尊び、人間として扱うあたりまえの判決を望みたい〉

本の校了は、発売日に間に合うギリギリまで待ってもらった。石郷岡病院事件の控訴審判決を入れるためだ。

 

千葉市の精神科病院で2012年1月に発生したこの事件では、男性の准看護師2人(以下、SとTと表記)が、入院していた当時33歳の弘中陽さんに暴行を加えて首の骨を折り、後に死亡させたとして、傷害致死罪に問われた。

私は発生直後から取材を進め、この事件を広く社会に問うために、新聞、本、ネットで記事を書き続けた。

病院は当初、弘中さんの首の骨折の原因を「自傷行為」と家族に説明した。隠蔽を図ろうとしたのかもしれない。だが、これを覆す決定的な証拠が現れた。暴行場面を捉えた監視カメラ映像を、家族が入手したのだ。

この映像は2015年6月、NHKや民放各社が一斉に報じ、お茶の間に衝撃を与えた。SとTは翌月に逮捕、起訴された。

ところが、千葉地裁で行われた裁判員裁判(高橋康明裁判長)では、弘中さんの頭部に蹴りを入れたSの暴行が罰金30万円、上半身を力任せに抑え込むなどしたTが無罪になった。

警察の捜査がなぜか著しく遅れたこの事件では、起訴の時点で発生から3年以上が経過し、暴行罪は公訴時効が成立していた。そのため、Sも事実上はお咎めなしとなった。千葉地裁はなぜ、時効が成立している暴行罪をわざわざ持ち出したのか。この罪では、もう裁けないとわかっていながら。

大学生の頃の弘中陽さん

裁判員の市民感覚は、この判決に生かされたのだろうか。裁判員を務めた6人は判決後に記者会見を開き、「みんなで考えた結果、間違いはないと思う」「納得して出した結論、間違いないと信じている」などと答えている(千葉日報の2017年3月15日付ネット記事より)。

准看護師が過剰な力を加えたことで、弘中さんが首に重傷を負い、それがもとで後に命を落としたことは揺るぎない事実だ。裁判所もこの経緯を認めている。

それなのに、この判決は何なのか。私は、次の東京高裁(栃木力裁判長)が「一審の判決を支持するはずがない」と思っていた。そこで、上記のような予定稿を作成して、判決当日を待った。高裁が差し戻しはせずに、一審を破棄して有罪判決を下すことも予想して、その場合の差し替え原稿も用意していた。

だが、甘かった。血の通わぬ裁判所の判決は博打と同じで、どっちに転ぶかわからない。その恐ろしさを改めて実感した。予定稿は、想定外の内容に差し替わった。

〈石郷岡病院事件は2018年11月21日、東京高裁で控訴審判決が言い渡され、Sは一審判決破棄で公訴時効による免訴、Tは検察側の控訴棄却で無罪となった。弘中陽さんの命を尊び、人間として扱うあたりまえの判決はまたしても得られなかった〉

この事件の裁判は、何から何まで奇妙だった。