150年近く存続…長続きする会社は、これまで何を考えてきたのか?

「たねや」社長が明かす「三方よし」の発想
山本 昌仁 プロフィール

仕入部と社会部

私の代になって新しく作った部署に、仕入部と社会部があります。

菓子屋における仕入れは、基本的に主人の仕事です。たねやで使う数量が大きくなったおかげで、昔とは比べものにならないほど良質な食材が手に入るようになりました。買い手としての力が強くなったのでしょう。より良いものが見つかると、どんどんそちらに切り替えています。

ただ、これだけ数量が多くなると、主人一人ではできない。それに、父の時代よりも、生産農家から直接仕入れることが増えている。なるべく生産現場を見たいので、組織として対応する必要が出てきたわけです。

生産現場を見るというのは、自分たちで栽培したり、収穫のお手伝いをするのと同様、作り手の気持ちや苦労を知るためです。それに加えて、適正な値段で買いたいという理由もあります。不当に買い叩くのではなく、その苦労に応じた金額を出したい。場合によっては市場価格より高くなってもです。

普通に考えれば、「買い手」である私たちとしては、1円でも安いほうが得をするはずです。でも、そんなことを続けていたら、「売り手」が消耗してしまいます。

彼らが事業を続けていけなくなれば、私どもの商いも成立しなくなる。だから、持続可能性を考慮した価格で買い取る。これが、私たちにとっての「売り手よし」なのです。

ほかの菓子屋にこういう専門部署はないので、ビックリされます。でも、利益だけを優先しないという姿勢の表明でもあるのです。

普通の菓子屋にまず存在しない部署といえば、社会部。これも私の代になって立ち上げたものです。

儲けることだけを考えるのではなく、地域の一員として役割を果たす。ここまでご紹介してきた「商い以外の部分」は、すべてこの社会部が担当しています。森里海の連環も、八幡山や西の湖の整備も、この部署の仕事です。

ラ コリーナ近江八幡は写真奥、八幡山を借景に広がる

海外でも知られる大企業ならともかく、スタッフ2000人程度の菓子屋が、こうした部署をもつこと自体、異例でしょう。「三方よし」を実践していると言われてみれば、その通りなのかもしれません。父からくり返し教えられてきたことです。

自分の家だと思えば、きれいにするのは当然です。さらに魅力的なものにしていかないと、自分の子供も孫も跡を継いでくれません。事業の継続性に問題が出てくる。自分たち以外の人も魅力的に感じてくれなければ、お客様もいなくなります。

商いにゴールはないんや

社長になった瞬間から、「次の代」を育てることが、私の大きな仕事になりました。私たちの最大の関心は事業の継続にある。会社を潰すほど、社会にご迷惑をかけることはないと考えているからです。

私の長男はいま高校生ですが、私が子供のときと同様、変なものは食べさせないようにしています。舌を鈍らせないように。まあ、息子は父に連れられて出歩くことが多いので、私のときとは違って外食はするのですが、父と一緒ならいいものしか食べていないはずです。

たねやの菓子も毎日持って帰って食べさせていますし、できるかぎり会社のイベントにも参加させています。バーベキュー大会でもボウリング大会でもブラックバス釣り大会でも。スタッフたちとかかわる時間を長くして、将来の事業継承がスムーズにいくよう心がけているわけです。

近江八幡が魅力的な町にならなければ、息子も地元に残りたいとは思わないでしょう。そっちも早急に手を打たないといけない。地域の再生と企業の継続は密接な関係にあるわけです。

やらなければならないことが山のようにあるし、やりたいことも山のようにあります。でも、焦らず一歩一歩です。

父は祖父からよく言われたそうです。

「お前な、いまは気張ってやってるけど、あんまり飛ばすなよ。商売にスタートはあってもゴールはないんや。着実にやらんと、いずれ投げ出すことになる」

近江商人の教えそのものです。細く長くでいい。長いスパンで考えて、ときには木を植えるような迂遠な手も打つ。長く続けることこそ、商人の最大の仕事である。続けられないと、世間にご迷惑をかける。

周囲を見回しても、滋賀県には同じような価値観の会社が多いように思います。事業を継続させるという目的の部分は同じで、そのための方策として、商家ごとにいろんなバリエーションの家訓が存在している、ということかもしれません。

最後に、たねやに代々伝わる商人道をまとめた「末廣正統苑」から、こんな言葉を引きたいと思います。

商人道が書かれた末廣正統苑

「尚尚天平棒を肩に 生涯を歩みつづけ 次代へ 又次代へと『天平棒』を渡し 『歩み続ける』ことを継ぎ渡せし中より把へしものなれば 生命がけにて把へし寶の心なり」

自分はリレーランナー、駅伝走者の一人にすぎない。先代から渡されたバトン、たすきをいかに時代に引き継ぐか? 同じことを先祖も考えていたのだと思うと、いまさらながら感動します。

時代が変わり、商品も売り方も変わります。変えることを恐れてはいけません。でも、ずっと変わらないものもある。商いの精神です。枝葉の部分は変わっても、幹の部分は昔と何も変わっていない。先人たちの精神を愚直に引き継いでいくことこそ、私なりの近江商人道なのかもしれません。