# 働き方改革

優秀な女性社員の「深夜残業と離婚」は、ぼくの責任なのかもしれない

東京マネー戦記【2】2016年冬
森 将人 プロフィール

クリスマスイブの夜

高須が離婚したという噂を聞いたのは、年末が近くなった頃だった。

単身赴任だと聞いていたが、だいぶ前に夫は東京に戻っていたという。長い間、事実上の別居状態で、高須は子どもたちと3人で暮らしていた。

「旦那が家にいると疲れるだけだからさ」

高須は、あっさりと噂を認めた。

高須のデスクは離れているので普段通りかかることはなかったが、ぼくは何かと気になって、B社とのディールが終わっても彼女の様子を見に行くことがあった。

「そんなもんですか?」

「家では何もしないし、いつも機嫌は悪いし。お客さん以上に気を遣わなきゃいけないんだから。もう清々したわよ」

「お子さんは寂しがらないんですか?」

「ぜんぜんよ。むしろ旦那のほうが寂しがって会いたがるのが、子どもたちには気持ち悪いみたい。今さら優しくされたってね」

そういうと高須はぼくに、女の子はとにかくたくさん抱っこしてあげなさい、と忠告した。一昨年に産まれた、ぼくの娘のことだ。父親との接触を嫌うようになった頃には、心も離れていくのだという。そんな彼女の話を聞けるのが、高須のデスクにふらっと立ち寄る楽しさだった。

 

クリスマスイブのことだった。雑務整理がようやく終わって帰ろうとしたとき、ふと気になって高須の様子を見に行った。

デスクに残っているのは、高須だけのようだった。年末、子どもは二人とも部活で忙しいという話を聞いていたので、特段出かける予定もないのだろうか。後輩思いの高須のことだ。若手に配慮して早く帰してあげたのかもしれない。

声をかけようとして近づくと、高須はイヤホンで何かを聞きながら小さくつぶやいているようだった。何をいっているのだろう。机のうえには契約書らしい書類が置かれている。口に出して読みあげているのかと思ったが、よく聞くと同じ言葉を繰り返している。

「ガンバレ、ガンバレ」

その言葉は、高須自身に向けた応援だった。

自分を鼓舞しようとして唱えはじめたおまじないが、いつの間にか口に出ていたのだろうか。ひとりでディールを支え、チームメイトを支え、家族を支える高須の強さは、実は今にも崩れそうな心と身体に支えられていた。

高須はときどき膝をさすると、眠気を振り払うように背筋を伸ばした。ぼくはいけないものを見てしまったようで、声をかけることができなかった。

こういう書類ってどういう人が作ってるんですか? 資金調達に際して作成される厚い書類を手にすると、必ずといっていいほど訊かれる言葉がある。そんなとき、ぼくはひとりごとをつぶやく高須の姿を思い浮かべるようにしている。

誰よりもプライドを持って仕事をしている仲間たちの存在こそが、自分を力づけてくれるからだ。

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