# 働き方改革

優秀な女性社員の「深夜残業と離婚」は、ぼくの責任なのかもしれない

東京マネー戦記【2】2016年冬
森 将人 プロフィール

「家のほうは大丈夫なんですか?」

「子どものこと? もう高校生と中学生だからね。電話しておけば、自分たちのことは二人でできるわよ」

「手がかからなくていいですね」

「うちは昔から放任主義だったから、子どもたちだけでいるのは慣れてるのよ。中学生とか高校生なんて、そんなもんじゃない?」

「たしかに、ぼくも同じように育てられました」

「最近の子は甘やかしすぎなのよ。子どもなんて、放っておいたって育つ子は育つんだから」

高須は一瞬、デスクに置かれた子どもの写真を見ると、引き出しの鍵を閉めて席を立った。

「明日もう一度チェックするけど、この会社の提出書類に、ちょっと気になるところがあるの。早めに伝えておいたほうがいいかもしれないから、明日また相談するわ」

コートを着ると、高須は挨拶をして出ていった。すでに周りの席の若手は、ほとんど残っていなかった。

 

問題発生

高須が指摘したのは、投資に関するリスク項目の箇所だった。社債によって投資家から資金を得る際には、どのようなリスクが考えられるかを明示しなければならないが、提出された文書ではその点が十分とはいえないという。B社にそう伝えると、そちらで修正案を下書きして欲しいと依頼された。

ぼくだけの力では、通常の起債事務に加えて修正案まで作ることはむずかしい。作業を頼めるのは高須しかいなかった。

ぼくが気になったのは、高須の夫が最近、単身赴任で別居しているらしいということだった。高校生と中学生とはいえ、子どもの世話は彼女が一人でしなければならない。ぼくが毎日深夜まで働かせているようで、申し訳ない気持ちが強かった。

法定残業時間の問題もあった。社員全員の意識が高まるように、残業時間の多い社員は月間の勤務時間がイントラネットで閲覧できるようになっている。高須が今月のリミットに達するまで、ほとんど余裕がなかった。このままでは人事部の指摘を受けて、部長から対応を是正するよういわれるのは時間の問題だった。

「このペースだと、月末には残業できなくなりますけど、どうしましょうか?」

「どうしようっていわれても、ほかにできる人がいないからね」

「サポートに、若手をつけるわけにいかないんですか?」

「そんなことしたら、余計に時間がかかるだけだよ。教えるほうが手間だからね」

「どうにか朝だけでもゆっくりしてもらって、勤務時間を抑えることはできませんか? 家で時間が取れるようになるじゃないですか?」

「それでもいいけど、仕事から離れてると逆に落ち着かないからね。そこまでして、きっちり管理するべきなのかねえ」

「そういう時代だっていうことですよ。体調を崩したら、困るじゃないですか」

「昔は、体調管理も自分の仕事だっていわれたもんだけどね。心配してくれるのはありがたいけど、そんなんでビジネスが取れるの? 国がそこまでいうのはおかしいと思うよ」

高須の疑問はもっともだったが、法律で決められている以上は無視するわけにもいかない。

問題が起きたのは、翌週のことだった。リスク項目の検討をしていたB社から、対応が間に合わないので修正作業を中止して、元の文書のままで進めたいという要請があった。法律事務所に相談したうえでの結論なので仕方ないともいえるが、各方面にその影響を確認しながら進める必要がある。

編集部からのお知らせ!

関連記事