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なぜイギリス人の「階級への執着」は産業革命後に生まれたのか

オーウェルは「上層中流階級の下の方」
前回は、一億総中流の崩壊にともない「階級社会化」が進む日本において、改めて階級について考えることの重要性を示唆し、階級社会としての歴史が深いイギリスに学ぶべきことを総論的にまとめた(詳しくは第1回前編後編の記事参照)。今回は、なぜイギリスでかくも細分化された階級意識が発達したのか、著名なイギリス人作家であるジョージ・オーウェルを入り口に紐解いていこう。

ジョージ・オーウェルと、ある階級の肖像

ジョージ・オーウェルといえば、スターリニズムを風刺した『動物農場』(1945年)や、全体主義国家と化した近未来のイギリスを舞台とする『1984年』(1949年)で知られるイギリスの作家である。

一方、これらの作品から反全体主義のリベラルな作家だと思われがちなオーウェルが、戦前の1930年代には「階級」をテーマとするさまざまな作品を書いていることは、愛好家や専門家以外には意外と知られていないかもしれない。

ジョージ・オーウェル

たとえば、『パリ・ロンドン放浪記』(1933年)はオーウェル自身がパリやロンドンで皿洗いなどに身をやつして社会の最下層を観察した体験記であるし、『ウィガン波止場への道』(1937年)はイギリス北部の炭坑町ウィガンで労働者階級のあいだに身を置いて暮らし、自ら炭坑を経験したルポルタージュである。

ルポ以外にも、芸術家を夢見るコピーライターの主人公が広告会社をやめて文学で食べていこうとしたために貧困に陥る『葉蘭を窓辺に飾れ』(1936年)といった小説も書いている。このように、「階級」はつねにオーウェルの関心の中心にあった。

ところで、そのオーウェル自身はどのような階級の出身だったのだろうか。先述のルポルタージュの名作『ウィガン波止場への道』では、彼は自分の出身階級は「ロウワー・アッパー・ミドル(lower-upper-middle)」だと述べている。訳せば、「上層中流階級の下の方」ということになる。

いったいオーウェルがこのような細かい階級の説明で意味しているのはどのようなことなのだろうか。今回は、オーウェルのこのような階級意識が形成された背景となるイギリスの階級のあり方、その形成過程の歴史を概観したい。

二階級モデルと三階級モデル

歴史家のデイヴィッド・キャナダインは、『イギリスの階級社会』(平田雅博・吉田正広訳、日本経済評論社)で、イギリスにおける階級の認識を「二層モデル」と「三層モデル」に分けて論じている。

この二モデルは必ずしもキャナダインのオリジナルではない(そのような認識のあり方はキャナダインが語る19世紀以降からずっとあった)と思うが、それはともかく、階級とは何かという物語の出発点としてこの二つのモデルを整理しておくことは無意味ではあるまい。

二層モデル、もしくは二階級モデルを代表するのはマルクスとエンゲルスの『共産主義宣言』(1848年)であろう。マルクスとエンゲルスはこの宣言の中で、ブルジョワとプロレタリアという二階級の存在を指摘し、歴史がこの二つの階級のあいだの闘争によって進んで行くという歴史観を提示した。

プロレタリアとは、マルクスが『資本論』で述べることになるように、自らの労働力という商品以外に売るものをもたない労働者階級のことであり、ブルジョワとは生産手段(工場や機械など)を所有し、プロレタリアの労働を(基本的には安く)買う中産階級である。

ここからより一般的な「社会のイメージ」が生まれる。単に貧しい者たちと富める者たちによって構成された社会のイメージだ。そこまで一般化すれば、あらゆる資本主義社会、さらには資本主義以外の社会にも適用できるイメージとなるだろうし、イギリスの歴史上のほとんどの社会にも適用できるだろう。

だが指摘しておきたいのは、イギリスの労働者階級の自己意識の源となってきたとされる「われわれとやつら(us and them)」という、敵対関係で自分たちの階級を定義する感情は、このような社会のイメージから生じたということである。

翻訳の出たオーウェン・ジョーンズ(前回紹介した『チャヴ』の著者)の『エスタブリッシュメント』(佐田卓巳訳、海と月社)のタイトルが、ある意味翻訳を放棄してカタカナのままにされたのは理由なきことではない。イギリスで「エスタブリッシュメント」という時には、この「われわれとやつら」の「やつら」(上流階級、支配層、金持ち)に対する敵対心が込められているのだ。