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なぜ日本では「左派ポピュリスト」が誕生しないのか、ひとつの考え方

サンダースにコービン…他国にはいるが

ポピュリズムには右も左もない

ポピュリズムの時代が来た、といわれる。

そうかもしれない。

しかし、そもそもポピュリズムとはなにか。

まず、有権者とりわけ庶民層の問題・不満・ニーズをくみあげ、その代弁者として行動する政治家という像がおもいうかぶ。しかし、だ。これは民主主義の基本ではないか。もうちょっと考えなければならない。

近年の情報関連技術の進歩を背景として、庶民層の問題・不満・ニーズを創造し、拡散させ、そのうえで解法を提示する、という「マッチポンプ」型の政治家はどうだろうか。彼らはポピュリストと呼んでよいだろう。

そうだとすると、ポピュリストは環境保護や文化多元主義を主張する左派であってもよいし、ナショナリズムや排他主義を奉じる右派であってもよい、ということになる。

実際、世界をみまわして代表的なポピュリストを想起すると、アメリカ合衆国については、ドナルド・トランプ(以下すべて敬称略)が右派、バーニー・サンダースが左派といってよい。

右派ポピュリスト、トランプ大統領〔PHOTO〕Gettyimages

欧州各国については、シルヴィオ・ベルルスコーニ(伊)やヴィクトル・オルバン(ハンガリー)が右派、ジェレミー・コービン(英)やパブロ・イグレシアス(スペイン)やジャンリュック・メランション(仏)が左派。各地で、左右両派のアイコンが顔をそろえる。

ポピュリズムには右も左もないのである。

日本は「右派ポピュリスト」だらけ?

それでは、ひるがえって、日本はどうか。

現時点からふりかえって過去半世紀の代表的なポピュリストを思い出してみると、橋下徹、石原慎太郎、細川護熙、賛否両論あるかもしれないが田中角栄……といったあたりになるだろうか。こうしてみると、いずれも(中道右派を含む)右派に属することがわかる。

 

つまり、少なくともここのところ、日本に左派ポピュリストは生まれていないのだ。一体なぜなのか。

ぼくはフランス社会経済史をなりわいとしており、日本政治や日本政治史の専門家ではないが、まず、先に挙げた4人の右派ポピュリストの共通点を考えてみよう。これは、彼らがなにかを共有していれば、それが右派ポピュリスト、さらにはひろく左右のポピュリストの必要条件なのかもしれない、という期待に基づいている。