絶対君主である大学病院の教授の前でミスをすると、どうなるのか

覆面ドクターのないしょ話 第46回
佐々木 次郎 プロフィール

「でもさぁ、教授も人間なんだよ」

教授が怒って手がつけられないとき、ナンバー2の准教授が冷静だと助かる。准教授はサスペンスの帝王・船越栄一郎のように推理を始めた。過去にさかのぼって、紛失したレントゲン写真の謎を解こういうのだ。

「一体どこにあるのかなぁ?」

眉間にしわを寄せ、准教授は、教授と私の間を行ったり来たりした。その仕草は、田村正和が演じた古畑任三郎を彷彿とさせた。

 

「入院のときにはあった。昨日のカンファレンスのときは、俺も次郎も確かにこの目で見たよなぁ」
「はい、確かに見ました」

レントゲン写真は、担当医が、患者さんの入院の時点で最重要物品としてチェックしてあった。昨日のカンファレンスでは、教授を囲んで、画像を見ながら全員でディスカッションした。

「その後、カルテといっしょに画像を片付けるのが新米の仕事だろう? どうした?」
「あの後は、え~っと……」

だが、カンファレンスの後に、レントゲン写真をきちんとしまったのか、どうにも思い出せなかった。無意識に自分で病棟に戻したのだろうか?いや、あのとき、手に持っていたのはカルテだけだったような気がする。

「そうだ!」

准教授が手を打った。何かを思い出したようだ。

「教授、カンファレンスの後、『一人で検討したいから、レントゲン写真は教授室に持っていくよ』とおっしゃったような気がしますが……」
「誰がそんな寝言みたいなことを言ったんだ?」
「教授御自身です! 昨日の夜、お部屋で御覧になりませんでしたか?」
「昨日の夜は……見た……かも」

な~にぃーっ? そういえばさっき、教授がシャーカステンの前で大騒ぎして、

「夜も見たんだ!」

と叫んでいたなぁ。えっ? まさか教授が……?

准教授が事を荒立てないように教授に尋ねた。

「失礼ですが、レントゲン写真は教授室にあるのではないでしょうか?」
「バカ言うんじゃないよっ! あるはずないだろ!」
「ではご自分で病棟に返却されたんですか?」
「それはして……ない」
「やっぱり教授室ですよ!」
「それじゃ、なにか、僕が犯人みたいじゃないかっ! フィルムをちゃんと管理しなかった佐々木君が悪いんだよ!」
「犯人だなんて人聞きの悪い……秘書さんに持ってきてもらえば済むことですから」

キレる権力者は台風と同じ。冷静に暴風雨が去るのを待つしかない

教授に間違いなどあってはならぬことだ。あったら、教授の面目は丸潰れだ。教授が「ない」と言ったら「ない」のだ。「黒いカラス」でも、教授が「白いサギ」だと言ったら、それは「白いサギ」なのだ。それが医学部だ。教授は常に正しい。唯一絶対の無謬の存在なのだ。だって教授は神なのだから。ましてや、教授が嘘をついて、責任を部下に押し付けるなんて、まさに「サギ」に等しい。

「佐々木、秘書さんに電話してくれ」

准教授に促され、私は半泣きになりながら教授室の秘書さんに電話した。

「秘書さんですか? 佐々木です、うう……(涙)。レントゲン写真、そちらにありませんか?(グスッ)」
「次郎ちゃん? どうしたの? レントゲン? ここにあるわよ……普通に」
「あるんですか!? でしたら、オペ・ルームまで持ってきてほしいんですが……」
「わかった。今、持っていくから。ほらほら、次郎ちゃん、泣かないの」

電話を切って、にらむように教授を見た。

「教授室にあるそうです……普通に!」

秘書さんはこうも言っていた。

「次郎ちゃん、教授は自分で勝手にレントゲンを持ってくる癖があるから、これからも気をつけたほうがいいわよ。『ないときは、教授室を疑え』、これ鉄則」

レントゲン写真はすぐに手術室に届けられ、手術は無事に終わった。

医局に戻ると、准教授が私を待っていた。

「次郎、今日はお疲れさま」
「はい……」
「でもさぁ、教授だって人間なんだよ」
「神様でもサギみたいなことするんですねぇ」
「おまえが怒るのも無理ないよな」

そう言って准教授は私を慰めた。

「だがな次郎、事を未然に防ぐのも部下の役目なんだぞ。これからは一歩先、二歩先を読む習慣をつけるんだ。なっ、次郎」

次の日の外来。私は教授のベシュライバー(書記係)をしていた。昨日はひどい目に遭った。でも、教授は尊敬できる人で、何事にもきちんとした方だった。若い頃から遅刻したことはなく、服装も患者さんに接する態度も手術もきちんとしていた。そんな教授をお慕いして、私は入局したのだった。

「あのさ、次郎ちゃん……」

診察室で教授が口ごもってモジモジしている。

「昨日はごめんね。あんなに怒ったりして……ごめん」
「教授……そんな……」

教授なのに、新米の私に「ごめん」と言える……この謙虚さ、やっぱり好きだなぁ。

「今晩一杯どう? 次郎ちゃん、濁り酒、好きだったよね?」
「はい! 喜んでお伴いたします!」

※『覆面ドクターのないしょ話』は、佐々木次郎先生の本業が多忙となったため、今回をもって、しばらく休載します。先生には、この間、面白ネタを充填していただき、また復活する所存ですので、何とぞご容赦ください。