画/おおさわゆう

絶対君主である大学病院の教授の前でミスをすると、どうなるのか

覆面ドクターのないしょ話 第46回

2019年に5度めのテレビドラマが決まっている『白い巨塔』。原作は、大阪大学医学部をモデルにした大学病院での激しい権力闘争を描いた重厚な医療小説である。

主人公・財前五郎が目指す第一外科教授の座は、政治権力ともつながる大学病院の絶対権力者として描かれている。原作の連載がスタートしたのは1963年であり、50年以上のときを経ているが、、その状況は、あまり変わっていないらしい。

次郎先生が経験した教授の横暴ぶりと意外な結末とは?

 

手術前にレントゲン写真紛失!? 教授は激怒した!

テレビに、ユニクロの柳井正社長が出ていた。店舗を視察しながら、すごい剣幕で厳しい指摘を連発していた。トップが視察に来て、現場はさぞかしあたふたしたことだろう。

大学病院も同じようなものだ。教授は絶対的な存在であり、意見することなど恐ろしくてできない。だから、教授の一言によって医局員は右往左往する(本連載第7回参照)。教授の前では、研修医や新米の医者など屁のような存在だ。

新米の医者の仕事とはどの科でも似たようなものだ。それに加え、外科では特に手術に関して新米がやるべき仕事がある。

まず、患者さんが手術室に入室するとき、新米外科医はその場に立ち会わなければならない。入口で麻酔科や手術室の看護師といっしょに患者さんを待つのだ。

担当医として当然の心得だが、その時点で、先輩たちはまだ医局でのんびりコーヒーをすすっているはずだ。そして入室後は、連絡事項を麻酔科医や看護師に伝える。その他にも、手術記録の準備とかカメラの準備など、新米の仕事は色々ある。

さらに、手術のときに新米の助手がしておくべき大事なこと。それは術前のレントゲン写真をシャーカステン(Schaukasten=発光掲示板)に出しておくことである。最近は電子カルテが多くなったが、この場合も、画面にレントゲン写真を表示しておく。

執刀医は、手術直前にも患者さんを診察をし、合わせて術前のレントゲン写真を確認することで、手術方法をイメージするのだ。

昔々、私が新米だった頃の話。

その日は教授が執刀する手術があり、私が助手を務めることになっていた。ルーティーンに準備しようとしたら、レントゲンやCTなど画像フィルムを入れる紙袋の中に術前のレントゲン写真がなかった。他の写真はあっても、今日の手術に必要なレントゲン写真はどこを探してもなかった。

「まずい……」

冷や汗が出た。

事件の発端は1枚のレントゲン写真だった……

全身麻酔の準備が整った頃、教授が入室された。教授は麻酔科と手術スタッフに挨拶した後、奥にあるシャーカステンの前で立ち止まった。ところがそこには術前のレントゲン写真が掲示されていなかった。

「佐々木君、術前のレントゲンを出しておきなさい」
「教授、それが……ないんです」

案の定、教授の顔が見る見るうちに鬼の形相に変わった。

「どうしてレントゲンがないんだ!」
「元々、袋に入ってませんでした」
「ないはずないだろ! 昨日のカンファレンスではあったじゃないか。君だって見ただろ? 僕は夜も見たんだぞ!」

タイミングよくそこへ准教授が様子を見に現れた。教授の興奮した顔色を見て、准教授は事情を察したようだ。

「教授、どうかなさいましたか?」
「君たちの教育はどうなってるんだ? 術前のレントゲン写真がないんだぞ!」
「申し訳ありません」

准教授は振り返って、私に尋ねた。

「佐々木、本当にないのか?」
「ありません……」

しょんぼりと私は答えた。日頃穏やかな教授の機嫌が沸点を超えた。

「ったくもう、こんなんじゃ血圧が上がってオペにならん!」

教授の頭から湯気が出ていた。だが、私は少々うんざりし始めていた。

ないのは、実は普通のレントゲンたった1枚だった。他にも術前の画像はあるのだ。しかも精密検査の画像が。

「レントゲンがなきゃダメなのかな? CTがあるじゃん」

心の中でつぶやく。だが、それではいけないのだ。

教授が日頃から部下に口を酸っぱくして言っているのは、基本的なことをきちんとやること。医者だけでなく、社会人としての常識だ。