速報も広告もやらない「新メディア」のジャーナリズム哲学を読み解く

ニュースの「信頼」を取り戻すために
奥村 信幸 プロフィール

「天気」ではなく「気候」こそニュースだ

【ニュースは、もっぱらセンセーショナルで、珍しくて、否定的で、最新の出来事についてのみ伝えるものになってしまった。そして、この5つの言葉が、今のニュースが抱える問題を的確に言い当てている】

ワインバーグはコレスポンデントを立ち上げた際の問題意識について、このように表現している。

学生時代に哲学を学んでいたワインバーグは、2006年に24歳で初めて新聞記者になった時のことを回想し、「周りの記者が取材している内容を見て、ニュースというものの変質に危機感を持った」という。

多くの読者を獲得しようとしてセンセーショナルな度合いを深めるほど、ニュースは視覚に訴え、ショックを与えることを目指し、誰もが何かひとこと言いたくなるような題材ばかり選ぶようになる。「かくして、テロリストの攻撃はニュースになるが、どこかの領土が占領状態であることはニュースとして取り上げられない」。「バスの爆発に比べ、人権抑圧は『画になりにくい』」からだ。

しかし、そのようなニュース選びの基準では見逃してしまう「致命的な問題」があるとワインバーグは指摘する。

例えば、「2008年の金融危機はなぜ、リーマンブラザーズが倒産に直面するまでニュースにならなかったのか」と彼は問いかける。ウォールストリートの金融機関が抱えるリスクは、その何年も前から少しずつ蓄積していたはずなのに、リーマンの経営危機という目を引く事件が起きるまで、メディアは何も伝えられなかった。しかし本当は、その間に深刻化していた問題こそ、ニュースとして取り上げられるべきではなかったのか、と。

 

ニュースは長らく「きょう、今起きていること」に目を向けさせ、「フック(人の目をひく要素)」をそなえていなければならないとされてきた。だがワインバーグは、この「常識」が、過去から未来へと続く「長期間にわたる物事の変化」へ、人々の目を向けにくくさせているというのだ。

この言葉が象徴的だ。「夜のニュースは『天気(weather)』で終わるが、なぜ『気候(climate)』の話はしないのだろうか?」

ニュース中毒の「解毒剤」をつくる

【事件が起きると飛びつき、われ先にと伝えるニュースのままでは、「きょう起きたことは伝えてくれても、毎日起き続けている重要な問題を伝えてくれることはない】

また、このような速報偏重のニュースは「フェイクニュースよりたちが悪い」ともワインバーグは言う。フェイクニュースは「間違った情報」だが、現在私たちにもたらされているニュースのほうがむしろ、「私たちの今後の可能性に対する評価や、歴史認識や、進歩や、何が適切かという考え方を少しずつ変化させて、根本的にミスリードしてしまう」。つまり、「読者・視聴者が知らない間に、間違った考え方を少しずつ植え付けていく」ことになると警告する。

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私たちはもはや、「過剰なニュース摂取」を通り越して、「ニュース中毒」になっている。大量のニュースに冒されると、必要以上に他者を恐れ、未来に懐疑的になり、現状を改善しようとする人の努力をあざ笑うような態度をとるようになってしまう。要するに、「今のニュースは、私たちを幸せにしていない」のだ。

コレスポンデントが打ち出したのは、「ニュースの解毒剤(antidote)」というコンセプトだ。ニュースを再定義し、2つの大きな考え方の「変革」を提案するのである。

ひとつは、「センセーショナル=扇情的な報道(sensational)」から「ファウンデーショナル=社会の根幹を見つめる報道(foundational)」への転換だ。表面的な事象だけを強調した「センセーショナル」な事件の伝え方を止めて、事件や事象が起きた「根本的な」原因を分析し、その背景となった社会の「基盤」に根ざす問題を明らかにするという意味だろう。

ふたつめは、「ごく最近のこと(recent)」ではなく、「いろいろな物事を関連付けた(relevant)」報道をするべきだという考え方だ。

これらの2つの変革を定着させるために、コレスポンデントでは、記者に「新しい習慣」を身につけてもらうという。それは、「ニュースとして報道するのに妥当かどうか、そしてタイムリーかどうかという、伝統的な判断基準を破壊する」ことだと、ワインバーグは言う。

ジャーナリストたちは、自身がニュースの過剰消費の当事者でもある。しかし、そうした彼らの価値基準がそもそも狂っているのだ。これを改めるために、コレスポンデントではニュース以外の情報源、街での立ち話、一見ジャーナリズムと関係のないような文学作品に触れるなど、記者が独自の情報ネットワークを新たに開拓することを要求する。

「ニュースをいかに早く、いかに大げさに伝えるか」ではなく、むしろ「どうすればこのニュースに、他のニュースメディアには真似できない価値を、自分たちは上乗せして伝えられるのか」を考える。コレスポンデントは、速報合戦での一番乗りや、スクープや、他のメディアに引用されるようなニュースは目指していないという。「私たちの周りで進行している物事を見極め、その構造や問題の原因を探求する過程」こそ重要だ――そう彼らは考えている。