Photo by iStock

『ハゲタカ』の原作者・真山仁の血肉をつくった、珠玉のミステリー

人生最高の10冊

人はいかに簡単に騙されるか

子供の頃から、食べるように本を読んできました。ただ、私の読書歴はものすごく偏っていて、ほとんどミステリばかり。初めて読んだミステリが『怪盗紳士』で、ルパンにはまってしまいました。

ルパンが狙うのは、貴族や政治家のお宝です。つまり弱きを助ける義賊で、決して振りかざさないけれど、行動の奥底には正義がある。

そして、それは、社会や国家のルールに基づいたものではなく、あくまでも自分のルールにのっとった正義。常に己のルールに従って相手と対峙し、交渉するんですね。

Photo by iStock

最近になって、こうした姿勢こそ、私のデビュー作であり、現在も続く『ハゲタカ』シリーズの主人公・鷲津政彦の原点だと気付きました。決してルパンを意識して書いたわけではないのですが、いつしか血肉になっていたのでしょう。

一方、意識して鷲津のキャラクターに取り込んだのが、『消されかけた男』のチャーリー・マフィンです。

チャーリーはベテランスパイですが、冴えない男です。

例えば会議に6人出席していたとして、5人までは名前が挙がるのに、あと一人誰だっけ? と皆に忘れられるような男。にもかかわらず、というより、だからこそ、組織の中でしたたかに生き残っていくんですね。

このチャーリーのように、鷲津は一見物静かですが、怒らせたら手の付けられない男にしようと考えました。

真ん中で威張っている人って、わかりやすい分、たいして怖くないんですよ。目立つと排除されやすくもなります。

チャーリーのような人間が、実は一番強い。処世術を学べる小説ですから、サラリーマンにぜひ読んでいただきたいですね。

 

中学生になって、初めて読んだ大人向けのミステリが『オリエント急行の殺人』でした。意外な結末に驚くと同時に、イギリス人がアメリカをどう見ているかを教えられた作品でもあります。

オリエント急行には様々な国籍の人が乗り合わせるんですが、それを見てポアロが、「アメリカはこういう国だろう」といった感想を呟きます。

この本からアメリカという複雑な多民族国家の入り口に立つことができ、何より、欧米の考え方を知る面白さに目覚めました。

これこそ、小説の力だと思うんですね。東京に居ながら、ロンドンやNYに住む人間の人生や価値観を疑似体験できる。

私が海外を舞台にした小説を書くと、何年暮らしたのかとよく聞かれますが、海外生活をしたことはない。小説から得た経験がすべてです。

話をアガサ・クリスティーに戻しますと、彼女が使うのはほとんどが心理トリック。それもしごく単純なもの。

だからこそ、人がいかに簡単に騙されるのかが際立つんです。嘘を見抜く力を養うためにも、クリスティーを読んでほしいですね。