進化論における「おばあさん仮説」って何だ?

「年寄りは生物学的に無駄」は間違い
更科 功 プロフィール

具体的には、まず第三臼歯(いわゆる親知らず)が生えた化石を、成体と判断した。さらに歯の摩耗の程度から、第三臼歯が生えた年齢の2倍の年齢を推定した。そして、第三臼歯は生えているが、2倍の年齢に達していないものを「若年」、2倍の年齢に達したものを「年配」としたのである。

仮に第三臼歯が18歳で生えてきたとすると、その2倍の年齢は36歳になる。若年は18歳以上なので、子供がいてもおかしくない。そうであれば、年配は36歳以上になるので、祖父母になっている可能性がある。そこで、大雑把な話だが、若年の化石と年配の化石の数を比べれば、おばあさんが進化した時代が推定できることになる。年配の化石が増えた時代が、おばあさんが進化した時代というわけだ。

カスパーリとイは、人類の化石を4つの時代に分けて、それぞれについて年配と若年の化石数の比(年配÷若年)を計算した。その結果は、以下のようなものだった。

この結果を見ると、約400万年前から20万年前にかけて、年配の比率が少しずつ増えている。とはいえ、若年の個体に比べれば、年配の個体はずっと少ない。ところが、約3万年前のヒトになると、年配者の割合が一気に増えて、若年の個体の2倍を超えてしまう。そこで、この時代には、おばあさんが進化していた可能性があると解釈される。

この結果には偏りがあるという反論もあるが、数値はかなり明確だ。古い化石人類に比べて、約3万年前のヒトが長寿であった可能性は高いだろう。もちろん、この結果だけから、おばあさん仮説が支持されたとはいえない。ただ人類が長寿になっただけで、おばあさんだけでなく、おじいさんも同じように増えたかもしれない。また、たとえおばあさんが増えたとしても、子育てとは関係のない理由のせいかもしれない。

しかし、これが、おばあさん仮説に有利な結果であることは間違いない。この他にも、コンピューターによるシミュレーションの結果などが、おばあさん仮説を支持している。

おばあさん仮説におけるおばあさんの役割には、いくつかのバージョンがある。単に「子育てを手伝う」という役割から、「世代を超えて情報を伝達することにより、情報を共有したり維持したりして、芸術などの文化を生み出す」という役割までさまざまである。

カスパーリとイの結果によれば、おばあさんの進化は3万年前かそれより少し前と考えられる。この時期は、芸術などの文化が花開いた時期とだいたい一致する。もしかしたら、おばあさんの存在が、芸術を生み出す原動力だったのかもしれない。

もっとも、おばあさんが進化した時代については、いくつかの意見がある。カスパーリとイの研究では数万年前とかなり新しいが、100万年以上前という意見もある。おばあさん仮説はまだまだ確実ではないが、発展中の魅力的な仮説であることは確かだろう。