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進化論における「おばあさん仮説」って何だ?

「年寄りは生物学的に無駄」は間違い

おばあさんになっても生きているのは無駄?

「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典がいってるんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きてるってのは、無駄で罪です”って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む力はない。そんな人間が、きんさん、ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって……。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)。」

これは『週刊女性』2001年11月6日号に掲載された「独占激白“石原慎太郎都知事吠える!”」からの引用である(ちなみに松井孝典は「私はこういう言い方はどこでもしたことはない」〈『月刊自然と人間』2003年2月号〉と述べている)。

実は、この石原慎太郎の発言とはちょうど真逆の仮説がある。それは人類の進化に関する仮説で、「おばあさん仮説」と呼ばれている。

チンパンジーの寿命は50年ぐらいだが、死ぬまで子供を産み続けることができる。これならチンパンジーのメスは、1頭でずいぶんたくさんの子供を産めそうだ。しかし、実際にはそうはいかない。

チンパンジーの出産間隔は5〜7年と長い。だからチンパンジーには年子はもちろん、2〜3歳離れた兄弟もいない。これは育児を、母親が1人でするからだ。母親が死んだときには、祖母など血縁関係のある個体が子育てをしたという報告があるが、それは例外だろう。

チンパンジーの授乳期間は4〜5年で、子供が乳離れをするまで母親が世話をする。その間、子供が母親から1メートル以上離れることは少ないらしい。これでは、母親が1人で面倒をみることができるのは、子供1人が限界だ。だから、その間は次の子供は作らない。このように出産間隔が長いのはチンパンジーだけではなく、オランウータンなど他の大型類人猿にもみられる傾向である。

ところが、ヒトは毎年だって子供を産める。ヒトの授乳期間は2〜3年と短いうえに、授乳している間も子供を産めるからだ。だが、これでは母親が1人で子供の世話をすることは、とうてい無理だ。

そこで血縁者が、とくに子育ての経験のある母親の母親が、育児に参加するようになった。そのために、ヒトのメスは閉経して子供を産めなくなったあとも、健康で長く生き続けるように進化した。つまり、おばあさんになることが進化した。これが「おばあさん仮説」である。

【写真】チンパンジーとヒト
  母親1人で子供1人を育てるチンパンジーに対して、毎年のように子供を産むことが可能なヒトは、母親の母親「おばあさん」が育児に参加する photo by iStock

おばあさんはいつからいたのか

おばあさん仮説は、いかにもありそうな話である。しかし、これまでははっきりとした証拠がなかったので、おばあさん仮説が正しいかどうかはわからなかった。しかし、近年になって、おばあさん仮説に有利な証拠が出始めている。そのなかでも興味深いのは、おばあさんが進化した時代を推定した研究だ。

化石でおばあさん仮説を検証するときに問題となるのは、その化石が何歳で死んだものかが、たいていわからないことである。

成長している途中で死んだ化石なら、何歳で死んだのかが、わかることもある。骨や歯の成長の仕方から、年齢が推定できるからだ。しかし成長期を過ぎると、骨や歯にはっきりとした変化はみられなくなる。老化による変化はあるけれど、それは個体差が大きいので、年齢の推定に使うのは難しい。

そこで、ミシガン大学のレイチェル・カスパーリとカリフォルニア大学のイ・サンヒは、一計を案じた。年齢の正確な推定は諦めて、人類の成体の化石を、若年と年配という2つのグループに分けたのだ。大きく2つに分けるぐらいなら、化石の特徴からでもできるからだ。