「芸人とはなにか」ハチミツ二郎と田崎健太が酒を飲みながら語る

「面白至上主義者」の矜持
田崎 健太, ハチミツ二郎 プロフィール

「板の上に立ち続ける」ということ

田崎 ぼくは以前、この「現代ビジネス」で日本のテレビドラマについて原稿を書いています。その中で、「今、(日本の)テレビドラマなんて観るのは馬鹿だけ。話が面白いかどうかとか、どうでもいいんだ。自分の好きなタレントが出ていたら、キャーと言って喜ぶ人、そういう人だけが観ている」というあるTVプロデューサーの言葉を取り上げました。

これは極論過ぎるかもしれないけれど、ぼくも同じようなことを感じてます。ドラマに限らず、テレビを観ているほとんどの人は、東京ダイナマイトの単独ライブに行くこともないだろうし、ぼくの『全身芸人』のようなノンフィクションに金を払って読むこともない。そうした人が毒のない、大して面白くない芸人の出ているテレビを時間つぶしでぼんやり観ているのではないか、と。

二郎 俺はやっぱり芸人というのは、コンプライアンスからはみ出してナンボのもんだと思います。今は本当に、お利口さんしかテレビに出られなくなっている。

田崎 ヤジロベエのように旨くバランスを取っている毒蝮(三太夫)さんはともかく、可朝さんなんて、今のテレビには到底出られない。

全身芸人の一つのテーマは、芸人の「老い」でもありました。二郎さんはまだ44才。まだ老いや衰えを感じることはないとは思いますが、将来的には必ず老いと向き合わなくてはならない。その怖さってありますか?

二郎 たけしさんは、「言葉が降ってこなくなった」って、俺の年で漫才を辞めているんです。今、テレビで第一線でやっている方で、44才のときに板の上に立っていた人はいないと思う。板の上に立つっていうのは、新しいネタを作って定期的に客の前に立つということ。(島田)紳助さんは40代で司会だけになり、ダウンタウンも40代になると、板の上では漫才していない。

田崎 二郎さんもそういう立場になるつもりだったんですか?

二郎 そのつもりだったんですけれど、上のメンバーがどかないので、ずっと板の上に立たなきゃいけないんです(笑)。今、俺は何をしているかというと、客前でネタをやって、家に帰って酒飲んで寝る。このままでいいんだったら、まだまだ50代になっても(レベルを)上げていける。

 

「客を掴む感覚」を知る

田崎 衰えはないですか?

二郎 ネタの上ではないですね。大喜利とかをやると、瞬時に降ってこないというのはありますけど(笑)。ナメているわけではないですけど、劇場に関してはイージーですね。

(オフィス北野から)吉本に入って、年間4、500回ほど劇場に出るようになったんです。浅草花月に出ていたときでした。あそこは、はとバス(ツアー)で来るおばちゃんばっかりなんです。客がどうこうというわけじゃなくて、そこである時、俺は気がついたんです。「もうスベらない」って。

田崎 猪木さんや長州さんがよく言う、「客を掴む感覚」ですね。

二郎 (プロレスラーの)鈴木みのるさんって、パンクラス(総合格闘技団体)からプロレスに来たばかりの頃に、格闘家なのかレスラーなのか、また格闘技の世界に戻るのかって、客が戸惑っていた時期があったんです。それがある時期から、みのるさんの試合が毎回、もの凄く盛り上がる。みのるさんに聞いてみたら、まさに「客を掴んだ」頃だったんです。

プロレスも芸人も、馬鹿じゃできない。客をつかまえる感覚がない奴に限って、自己満足度が高くなってしまう。『全身芸人』の中で、こまどり姉妹が「私たちは自分の歌に全く酔っていない」っておっしゃっていましたが、あれと同じです。

田崎 こまどり姉妹の二人は、ステージの上から客がどんな反応をしているのか、どのような曲を喜んでいるのかをじっと観察しています。だから喜ばれるのだと。

こまどり姉妹(写真/関根虎洸)

二郎 ウケていない奴ほど、自分のネタや試合を何回も観ちゃう。自己満足が顧客満足度を上回ってしまう。自分のやっていることに夢中になってしまう。

田崎さんの『全身芸人』を読むと、俺たちは先人の後を追いかけているんだ、と思いますね。そして、ヤバいと思うのは、あの本に出て来る先人たちのことをほとんど知らずに、テレビに出ている芸人が多いこと。

ただ、こうも思うことがあるんです。今のプロレスって、プロレスの好きな奴しか入ってこない。昔のプロレスって、プロレスは好きじゃないけど、儲かるからって入って来て、メイン(イベント)を張っちゃう長州さんや前田日明みたいな人もいる。それはぼくも認めるんです。プロレス好きですから、理解できる(笑)。

田崎 話を聞いていると、二郎さんも「全身芸人」の系譜にいる芸人だとつくづく感じました。続篇を作るときは、ぜひ取材させてください。

二郎 もちろん!